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【社会】

京マチ子さん死去 美と風格 世界魅了 素顔は気さくな努力家

<評伝> 彫りの深いエキゾチックな顔立ち、踊りで鍛えた脚線美を買われて映画界に入った京マチ子さんは、谷崎潤一郎原作「痴人の愛」(一九四九年)でその持ち味を遺憾なく発揮。自由奔放な言動とエロチシズムで男性を翻弄(ほんろう)するヒロインを演じ、一躍名を高めた。 

 いきおい、美貌と豊満な体を強調する役が続く。「肉体派女優」のレッテルに抵抗を感じ、将来に不安を覚え始めた京さんに、大きなチャンスが巡ってくる。ベネチア国際映画祭金獅子賞に輝いた黒沢明監督「羅生門」(五〇年)への出演だった。

 役作りのため自らの判断でマユをそり落として撮影に臨み、夫の目の前で山賊に犯される武士の妻をしなやかに演じて、監督を驚嘆させた。京さんは「女優は化けることが仕事。扮装(ふんそう)して外見が決まると、芝居もピタッとくることを学んだ」と述懐していた。

 その後も「雨月物語」(溝口健二監督)がベネチア国際映画祭銀獅子賞、「地獄門」(衣笠貞之助監督)がカンヌ国際映画祭グランプリと出演作の受賞が相次ぐ。長谷川一夫さんと共演した「地獄門」では全米映画批評委員会の特別賞も受けた。映画の本場、米ハリウッドからも声がかかり、「八月十五夜の茶屋」ではマーロン・ブランドらと共演している。当時は画期的な出来事だった。京さんは肉体派女優から国際派女優へと鮮やかな変身を遂げた。

 テレビドラマ「必殺仕舞人」で、すごみのある女殺し屋を好演。晩年は舞台で円熟の演技をみせ、年輪を刻んだ大女優の風格も全身に漂わせた。しかし、素顔は天真らんまん、ざっくばらんな語り口、おかしなことがあると体をよじって豪快に笑い転げる「典型的な浪速女」だった。

 小学校卒業後、大阪松竹少女歌劇団に入って以来、芸能界一筋に駆け抜けた京さんは、自身を「無欲で、のんき、消極的」と評した。しかし、仕事となると一転、「ひたすらひたむきになれる」とも明かしている。

 「不器用だから人一倍の努力が必要。ほかの女優さんにライバル意識なんてあらしまへん。できることを私なりにベストを尽くしてやるだけ」。大女優の気取りをみじんも感じさせない言葉だった。

 二〇〇〇年以降は表舞台に立つ機会も減り、〇六年の「女たちの忠臣蔵」が最後の舞台出演となった。(安田信博)

◆最も尊敬する女優さん

<俳優仲代達矢さんの話> 京マチ子さんは最も尊敬する女優さんの一人でした。私は役者になる前からファンで、京さんが出演した映画「最後に笑う男」での美しい動きに魅了されました。私も俳優となって映画「他人の顔」や「金環蝕(きんかんしょく)」などで共演させていただきました。日本の女優にはなかなかいない雰囲気の風貌と、自然な演技が魅力でしたね。昨年、電話で「めしを食いましょう」と話していたのですが、実現できないままで…。素晴らしい女優が世を去り、本当に残念です。

◆晩年まで変わらぬ気品

<映画監督・山田洋次さんの話> 「男はつらいよ 寅次郎純情詩集」(1976年公開、第18作)に、寅さん憧れの貴婦人として登場していただいた時の息を呑(の)むような美しさをまざまざと思い出す。その奇跡のような美しさと気品は晩年まで少しも変わらなかった。最近完成したばかりの第50作に再び登場していただいているので、必ず京さんに見ていただくつもりだったが、それが叶(かな)わなくなってしまった。悲しくてたまらない。

 

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