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【社会】

「余震怖い」不安な夜明け 震度6強 新潟・村上雨の中、片付け急ぐ

雨が降る中、塀の上部から崩れ落ちたブロックを運ぶ女性=19日午前9時10分、新潟県村上市で

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 崩れた山肌、亀裂が走り液状化した道−。新潟、山形両県などを襲った大きな地震から一夜明けた十九日、被災した地域の状況が明らかになった。「まさかこんなことに」。暗闇の中、懸命に避難した住民は家に戻り、家具や食器が散乱した様子に言葉を失った。津波注意報は解除され、電気は復旧したが、今後の地震や降雨に伴う土砂災害の恐れは拭えず、不安と緊張が続いた。

 震度6強を記録した新潟県村上市。各避難所には一時八百人以上が身を寄せたが、津波注意報の解除を受けて、ほとんどが十九日朝までに帰宅した。大きな地割れに崩れ落ちたブロック。一夜明けても地震は続き、冷たい雨が降る中、住民は自宅などの後片付けに追われた。

 同市の山北総合体育館には、一時約二百人が避難。駐車場のブロック塀が崩れ、流れた土砂が歩道をふさいでいた。一晩過ごした飲食店経営渡辺泰子さん(71)は、十九日早朝に帰宅後、散乱した食器を見て「まさかこんなことになるとは」と、途方に暮れた。

地震で山形県鶴岡市内の小学校に避難した住民=19日午前2時29分

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 同市府屋地区の松橋正義さん(60)方では、冷蔵庫の扉が開き、中の物が全て飛び出した。敷地内のブロック塀も崩れ落ち、「一九六四年の新潟地震で崩壊し、直したのに…」と、ショックを隠せない様子。JR府屋駅では、構内にある二つのガラス棚が倒れ、ガラス片が床に散乱し、駅員が立ち入りを規制するテープを張っていた。

 山形県境に近い同市勝木地区の「ゆり花会館」に家族と避難した美容師富樫敏子さん(40)は「子ども三人と海抜が高い神社に逃げた後、避難所に来た。年に一回防災訓練をしているので、避難先に迷うことはなかった」と振り返った。

 小田加世子さん(56)は、車いすの夫勉さん(68)と娘と市立岩船中体育館に身を寄せた。ござの上で寒い一夜を過ごしたが、「被害が大きくなくて良かった」と、胸をなで下ろしていた。

◆避難所「一睡もできず」 山形・鶴岡 高齢者ら100人一室に

 震度6弱を観測した山形県鶴岡市の避難所などでは、一夜を明かした住民から、再び揺れが来ることへの不安で「一睡もできなかった」との声も聞こえた。

 十九日未明、鶴岡市の複合施設「温海(あつみ)温泉林業センター」に開設された避難所は、約六十畳の和室の一室が百人余りの避難者で埋まり、座布団の上で窮屈そうに身を寄せ合っていた。廊下には毛布にくるまって座り込む人があふれた。

 市内の下タ村(したむら)守さん(77)は「避難生活なんて初めてで寝られない」といらだちを見せた。午前四時ごろに電気が復旧すると「テレビをつけて。どうなっているの」との声が上がった。

 朝を迎え、地元の消防団員は住宅倒壊やガス漏れの危険がないか確認を進めた。着替えや毛布をまとめて、帰る人も目立つ。割れた瓦があちこちに落ち、ところどころに段差や亀裂ができた道を、高齢者を両脇から支えながら歩く住民の姿もあった。

 震度5弱だった酒田市の無職男性(88)は、自宅の庭先で倒れた石灯籠を片付けながら妻と二人で夜が明けるのを待った。「高齢者の二人暮らしなので、また地震が来るかと思うと怖い」と疲れた様子だった。

 

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