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【社会】

「ふるさと喪失直接見て」 原発千葉訴訟、原告訴え

帰還困難区域の現状を見て回った裁判官ら=24日、福島県浪江町の大堀小学校で

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 東京電力福島第一原発事故で福島県から千葉県に避難した住民らが、国と東電に損害賠償を求めた訴訟の控訴審で、東京高裁の裁判官らが二十四日、原告らが暮らしていた福島県内の被災地を視察し、現状を確認した。裁判官に同行した原告は「公正な判決に生かしてほしい」と求めた。 (蜘手美鶴)

 「避難指示を解除したからといって、福島は元に戻っていない。これが今の姿ですから」。二十四日夕、原発事故で休校が続く、同県浪江町の大堀小学校。裁判官に同行した原告の瀬尾誠さん(66)が日程終了後、草に覆われた校庭を見ながら、こう漏らした。

 視察は「ふるさと喪失の実態を直接見てほしい」と原告側が東京高裁に求め、実現した。白井幸夫裁判長らが現地進行協議として実施した。

 町内は、放射線量が高い帰還困難区域を除き、二〇一七年三月末に避難指示が解除された。大堀小は解除された地域にあるが、帰還困難区域に近い。周辺の田畑には草が茂り、住宅には「売物件」の看板がぶら下がる。事故前の人口が約二万一千人だった町は五月末現在、千五十一人しか住んでいない。

 瀬尾さんが妻(66)の実家のある浪江町に移り住んだのは、東日本大震災の一年ほど前。若い頃から年に何度も足を運び、義父(89)の稲作も手伝ってきた。千葉県内での仕事を早期退職して「土に親しむ暮らし」の夢をかなえた。

 農業を義父から学び、サルが駆け回る山間地で田畑を手入れする毎日。育てたソバで、年越しそばを母に食べさせた。「苦しいことなんて全くなかった。楽しみの方がずっと多かった」

 そんな日々を原発事故が奪った。だが、一審・千葉地裁判決が認めた瀬尾さんの「ふるさと喪失慰謝料」はわずか五十万円。「私の『ふるさと』はこの程度としか考えてくれないのか」と怒りが込み上げた。

 裁判官は二十四日の視察で、飯舘(いいたて)村の除染廃棄物の仮置き場や、動物に荒らされてめちゃくちゃになった原告宅なども目にした。瀬尾さんは「裁判官はそれぞれの場所で、しっかりと状況を理解してくれた」と感じたという。

 放射能への不安はいまだ消えず、避難指示が解除されても、住民は戻れないのが実態だ。

 瀬尾さんは「裁判官には事故の責任がどこにあるのか、明確にしてもらいたい。被災地の状況を考えた控訴審判決を」と望んでいる。

<原発避難者千葉訴訟> 2013年3月、全国4地裁・支部で一斉に提訴された初の原発避難者訴訟の一つ。一審の原告は福島県内7市町村の18世帯45人。17年9月の千葉地裁判決は、国の責任を認めず東電にのみ約3億7600万円の賠償を命じた。この額には、避難生活の慰謝料では補いきれない「ふるさと喪失慰謝料」が1人最大1000万円含まれた。原告も東電も控訴し、東京高裁で控訴審が続いている。

 

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