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【社会】

銀座の色 社会映す 女性ファッション 65年間路上調査

銀座の街を歩く女性ら

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 東京・銀座のファッションは白に代わって黒が台頭−。六十五年間にわたって銀座を歩く女性の服装の色を調査している一般財団法人「日本色彩研究所」(さいたま市、色研)は、昭和から平成にかけての流行色の傾向をまとめた。社会を取り巻くさまざまな状況が色の変化に投影している。 (加藤行平)

 調査は一九五三(昭和二十八)年から、色研と文部省統計数理研究所などの研究者が始めた。戦後の混乱期を経て欧米ファッションへの関心が高まった時期に当たり、当時の流行発信地だった銀座を歩く女性の服装の色に注目した。六八年からは色研単独で調査している。

 調査開始以来、白と黒の出現率はそれぞれ10〜15%ぐらいでやや白が上回っていたが、八六(昭和六十一)年を境に黒が逆転した。

 「夏の色」とされていた白は、平成に入ると出現率が低下。「礼服か喪服の色」「秋冬の色」とされていた黒は、平成に入ると季節に関係なく通年で着られるようになった。黒の出現率は白の二〜三倍で推移している。

 八〇年代、黒は「語らない黒」「寡黙な黒」と評されるようになった。一般財団法人「日本流行色協会」(東京都千代田区)発行の季刊誌「流行色」の大野礼子編集長は「黒は高級で洗練されたイメージで受け取られるようになり、支持された」と指摘する。

 色研によると、六十五年間で季節による色の違いは小さくなり、明るい印象の色から地味で落ち着いた色に移行する傾向が進んでいるという。

◆流行色 時代とともに

 日本流行色協会は2年先を見越してはやりそうな色を“予報”している。世界レベルでの流行色とともに、国内ではやりそうな色をアパレルメーカーや百貨店などと協力して選定している。一方で、その年の社会情勢などに強く影響を受けた国民の思いを反映した色も流行色として定着してきた。

 太平洋戦争から戦後間もなくは国民服に代表されるカーキ色が主流。1960年代からの高度経済成長期には彩度の高い(明るい)派手な赤や青系が人気を集めた。

 しかし70年代はオイルショックや公害問題を背景に、「自然回帰・エコロジー」や「のんびりブーム」が起き、デニム色、大地の色をしのばせる茶系が台頭した。80年代に入ると、「モノトーン」ブームが起こり、黒が注目を集めた。

 調査を担当した色研の名取和幸主任研究員は「欧米へのあこがれを力いっぱい表現した時代、やさしい色、センスのよさなどを求める時代、服の色からその時代の女性が求めた気持ちが読める」と指摘する。

<調査の方法> 銀座中央通りで、四季それぞれに平日の2日間、午後1時〜同4時に実施。16歳から60歳未満(いずれも推定)の日本人とみられる女性計500〜800人のデータを収集。服の色(上下分かれる場合はそれぞれの色)や柄、和装と洋装の別、スカートとズボンの別を調べる。

1945〜49年 カーキ色(左)と、もんぺ姿

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1970年代 自然回帰を志向したファッション

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1980年代 黒一色のモノトーン=いずれもビー・エヌ・エヌ新社発行「日本のファッションカラー100」(日本流行色協会著)から

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