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【社会】

<参院選>「生命尊重」政治の基本に 老人医療費無料先駆け 岩手の過疎の町

旧沢内村の生命尊重行政で、各家庭をバイクで駆け回った保健婦の活躍を語る米沢一男さん=岩手県西和賀町の深沢晟雄資料館で

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 梅雨の晴れ間の岩手県西和賀町(にしわがまち)。山の濃い緑が青空に映えて美しい。秋田県境に接し、冬は雪に埋もれるこの町は、全国初の老人医療費無料化など「生命尊重行政」で知られた旧沢内村と、温泉で栄えた旧湯田町の合併で生まれた。人口約五千五百人の西和賀町は、六十五歳以上の人口が約50%と県内一位。過疎地の厳しい自然の中で命をつないできた人々は、今の政治に何を見るのか。 (宇佐見昭彦)

 地域医療の拠点だった旧村立「沢内病院」の建物前に、生命尊重行政を進めた故深沢晟雄(まさお)村長の足跡をたどる資料館があった。大きな写真が目を引く。新聞配達のようにバイクに乗る女性たち。村民の健康管理のため、地域を回る保健婦だ。保健婦たちは一軒一軒を訪ね、農作業中の村民にはあぜ道で血圧を測った。

 憲法二五条は、すべての国民の生存権を等しく保障する。一九五七年に就任した深沢村長は、病気の予防と早期発見にも力を入れた。「この雪深い沢内に住んでいる人も、すべての国民なんだ」

 資料館の米沢一男さん(77)は、深沢村長の言葉を語り継ぐ。「いま命が軽く見られている。わが子を殺したり、しつけと称して虐待したり…。生命尊重こそ政治の基本。その精神を次世代にきちんと譲り渡したい」

増田進さん

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 沢内病院長を十九年務めた盛岡市出身の増田進さん(85)は、今も旧沢内村内に住み、隣町の診療所で患者を診る現役医師だ。

 沢内勤務時代、冬場は村が導入した雪上車で村内を往診した。寒さと雪に閉ざされた家の中、一人暮らしの老人が体調を崩して亡くなるのを防ぐため「越冬入院」してもらうこともあった。

 「国はそういう入院を禁止と言う。医療費が上がるから。でも上がらなかった。沢内病院が余計な医療や投薬で金もうけしなかったから。病院はもうける所じゃない。住民が健康で長生きするための城なんだ」

 病人への医療費支出を「あほらしい」と発言する政治家や、透析患者ヘの暴言をネットで吐く立候補予定者もいた昨今、増田さんは危機感を募らせる。

 「子どもを産まない女性はダメとか、生産性がないとか…。こういうのを全体主義と言う。全体から見て役に立つかどうかという発想。透析でも採算が求められ、経済的効率が幅を利かせる。『命の格差は絶対に許さない』という深沢村長のような姿勢を政治家は持つべきだ」

 二〇〇五年の合併で西和賀町となった今も、六十五歳以上の医療費は通院で月千五百円、入院で月五千円と自己負担を軽くし、低所得の場合は無料。ゼロ歳から十八歳の医療費も無料で、旧沢内村の生命尊重の精神は受け継がれている。

 旧沢内村の中央部、県道から数キロ奥まった所に農業を営む中村キミイさん(73)の家があった。夫と花を栽培し、山菜を瓶詰めにする工房も経営する。除雪の困難さから、集落に十七軒あった民家は一九七一年の集団移転で七軒に減った。

 肺を患い、酸素吸入器が手放せない。沢内病院へ通院するついでに、役場で期日前投票を済ませた。

 「農業が駄目になれば国が滅びる。外国の安い農産物が入っても、日本の土と水で作った物を食べたいと消費者が思ってくれたら生き残れる。後継者育成、農業振興を頑張ってくれる人を選んだ。それが過疎地の対策にもなるはずだから」

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<生命尊重行政> 豪雪、貧困、多病多死にあえいだ岩手県沢内村(当時)で「生命尊重」を掲げた深沢晟雄(まさお)村長が1960年、65歳以上の医療費を無料化した。翌年には60歳以上と乳児に拡大。62年、全国の自治体で初の乳児死亡率ゼロを実現した。無料化は国や県から「国民健康保険法違反」と指摘されたが、深沢村長は「国民の生命を守るのは国の責任。国がやらないなら私がやる」とひるまず、後に東京都や国も一時採用した老人医療費無料化の先駆けとなった。

 

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