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【社会】

技術と情熱、京アニの宝 安否不明の木上益治さん 礎を築いたベテラン

寮生活を共にしたメンバーで撮影したモノクロ写真。左が渥美敏彦さん、右が木上益治さん

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 アニメ制作会社「京都アニメーション」のスタジオ放火殺人事件は二十五日で発生から一週間となる。京都府警は二十四日も犠牲者三十四人の身元確認を進めた。安否不明者の中には、ベテランアニメーターとして同社をけん引してきた取締役木上益治(きがみよしじ)さん(61)が含まれている。知人らは「アニメへの深い情熱を持つ努力家」「京アニの中心人物」と話し、事件へのやるせなさを募らせている。

 木上さんの八十代の母親は二十四日、取材に応じ「まだ希望は持っている。息子は生きていると信じたい」と声を振り絞った。六十代の親戚女性によると、木上さんは「優しく母親思いな子」。帰省した際には母親に同居を持ちかけていたという。

 木上さんは一九九〇年代前半に八田(はった)英明社長に招かれて京都アニメーションに入社。抜群の技術と若手への熱心な指導で同社の高い作画力を支えた。同社初の完全オリジナル作品「MUNTO(ムント)」(二〇〇三年)の監督を務めたことでも知られる。

 関係者は「人材育成に取り組んできたのは木上さん。京アニの礎を築いた」と指摘。アニメーション史研究家で同社を取材してきた原口正宏さんは「同社の中心スタッフはほぼ全員教え子。若手が憧れ、目標とする存在だ」と話した。

 一九七八年に東京のデザイン専門学校で木上さんと出会った静岡県藤枝市の自営業渥美敏彦さん(59)は二十日に現場へ献花に訪れた。二歳年上の木上さんから「どうしても学校に入りたくて学費を稼ぐため二年間アルバイトをしていた」とかつて聞いたことがあり、努力家だとの印象を受けたという。

 半年の寮暮らしを経て、生活費を節約するために二人でアパート暮らしをしたこともある。青春を共に過ごした木上さんが有名なアニメーターになり「うれしかった」と渥美さん。献花には、かつて寮生活を共にしたメンバーで撮影したモノクロ写真を持参した。木上さんは意志の強そうな表情を浮かべている。

 「絶対にアニメーターになるんだと強い気持ちを持っていたのが今見ても分かる。この写真は、常に努力をしている木上君を見て自分も頑張ろうと思えた心の支え。大事にしまっていた」

木上益治さんと一緒に写ったモノクロ写真を手に懐かしむ渥美さん=京都市伏見区で

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◆支援金募る 受付口座を開設

 アニメ制作会社「京都アニメーション」は24日、支援金を募る受付口座を設置した。犠牲者の家族や負傷者への支援、会社再建に充てる方針。

 同社のホームページによると、振込先の口座は京都信用金庫南桃山支店(当)0002890「株式会社京都アニメーション 代表取締役 八田英明」。

 

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