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【社会】

<熊本プレハブ酒場 仮設団地3年>(下)互いに励まし 背中押す 仮設に残らざるを得ない人も…

今月末で多くの入居者が退去する「テクノ仮設団地」=熊本県益城町で

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 「家の工事、順調?」。熊本県益城町(ましきまち)の「テクノ仮設団地」にある居酒屋「酒心(しゅうしん)」。仮設住宅で暮らす矢島国利さん(63)が、テーブルの向かいに座る幼なじみの森川寛さん(63)に尋ねると、「進まんよ。金もないし、このままじゃ、屋根なしになるかも」。おどけた一言に、プレハブの店内が笑いに包まれた。

 仮設暮らしの人々に憩いの場を提供してきた酒心のおかみ、奥村かおりさん(38)自身も、町内で被災した一人だ。

 両親や夫、子ども四人と町内の避難所に身を寄せて全員無事だったが、引き渡しからまだ四カ月だった新築のマイホームは傾き、柱や床は傷だらけに。営んでいたエステ店もつぶれた。

 ようやく日常を取り戻しかけていた二〇一七年の夏。地元の商工会議所の紹介で、テクノ仮設団地の商店街に空き店舗があると知った。いつか地元でスナックを開くのが夢だった。家賃なしの居抜き店舗ならなんとかなるかも−。何よりも、故郷の力になりたいという思いに背中を押された。

 仮設団地に入居していたママ友の岡村寿子さん(34)を従業員に誘い、一七年十二月に開店。店名には「酒の場で心を癒やしてほしい」との願いを込めた。

 この仮設団地で営業する居酒屋は、ほかにない。周辺に気軽に足を運べる飲み屋もなく、最寄りのコンビニでさえ約三キロ先。店は、団地の住民らで毎晩いっぱいになった。

 帰る場所を失った同じ境遇。先が見えぬ中、本音で語り合い、時に涙して支え合った住民たち。店での出会いをきっかけに職が見つかり、仮設を巣立った若者もいた。

 仮設住宅を出たら災害公営住宅に入るという常連客の自動車整備士の本田秀利さん(60)は、この店で親しくなった仲間と転居先で隣人になる。「言いたいことを言い合える仲間ができ、新生活の不安も和らいだ。笑って前向きにやってこられたのは、この店があったおかげ。感謝の気持ちしかない」

 本田さんは店に、マイボトルならぬ、招き猫形の「マイ貯金箱」を置き、飲食のお釣りをためてきた。八月末に閉店したら、そのお金で奥村さんらを温泉旅行に連れていきたいという。

 奥村さんは「訪れる人は温かい人ばかりで、逆に私が元気をもらった。愛着のある店を閉じるのは、心苦しい」と目を伏せる。

 少しずつ前に進まなくてはいけないのは分かっている。でも…。午後十時すぎ、客のいなくなった店の明かりを消した奥村さんが、雨の降り続く仮設の町並みに目をやり、つぶやいた。「まだ仮設に残らざるを得ない人もいる。完全な復興からは程遠いのが現実です」

 (この企画は奥村圭吾が担当しました)

 

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