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【社会】

笑顔守れず、尽きぬ後悔 2児失った母「早めの避難を」 広島土砂災害5年

長男遥大君(左)と三男都翔ちゃんの遺影が並ぶ平野朋美さん宅の居間=広島市安佐南区で

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 広島市安佐南区に住む平野朋美さん(42)は、5年前の広島土砂災害で長男遥大(はると)君=当時(11)=と三男都翔(とわ)ちゃん=同(2つ)=を亡くした。2年後に生まれた長女(3つ)が家族に希望をもたらし、日常が少しずつ戻ったが、あの日の後悔は尽きない。各地で頻発する大雨災害に「家族を守る責務と思って避難して」と呼び掛ける。 

 平野さん宅では、家族の思い出の品やたくさんのおもちゃが置かれた居間の一角に、二人の笑顔の遺影が並ぶ。「墓地は用意したけど、お墓は建てていなくて。遺骨もまだここにあるんです。寂しいかなと思って」

 二〇一四年八月二十日未明。隣家から裏山が崩れ始めたと電話があり、避難準備をしていた時、土砂や倒木が壁を突き破って流れ込んだ。山側の和室にいた遥大君と都翔ちゃんが一瞬でのまれた。

 「あの地響きと自分や夫の叫び声は、今も耳に残っています」。真っ暗な中、夫の学さん(44)や駆け付けた近所の人と必死に土砂をかき、都翔ちゃんの肌に触れた。「骨折ぐらいしてもいいから引っ張り出して」。だが水を含んだ土砂は重く、大人五、六人がかりでも救出は困難だった。

 「何で守ってあげられなかったんだろう」。罪悪感にさいなまれ、つらい記憶は離れない。だが二人が育った家を手放す気にはなれなかった。崩れた裏山は擁壁が施され、一六年十月に改修を終えた自宅に戻った。突然兄弟を失った次男(14)を、近所に友達がいる環境に戻してあげたかった。

 「早めに避難の判断をしないといけなかった。知識不足だった」と朋美さんは振り返る。取材に応じたのは「同じ体験を誰にもしてほしくない」との思いからだ。

 昨年七月の西日本豪雨では迷わず実家に避難した。「怖いと思ったら逃げて。人間の命だけはどうやっても取り戻せないから」。朋美さんは長女を抱き締めながら、遺影を見つめた。

 

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