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【社会】

粘りの茎崎、最後まで 決勝で多賀に惜敗 全日本学童野球

5回裏2死一塁で、二盗を決める茎崎ファイターズの田中昇之介選手(右)=東京・神宮球場で

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 「やり切った。悔いはない」。高円宮賜杯第39回全日本学童軟式野球大会マクドナルド・トーナメント(東京新聞など主催)の二十四日の決勝で、茎崎ファイターズ(茨城)は敗れはしたが最終回に2死満塁と詰め寄り、最後まで自分たちの粘りの野球を見せた。

 昨年王者の多賀少年野球クラブ(滋賀)を相手に、三回裏、七村佑聖(ゆうせい)選手(5年)が2死から相手の失策で初出塁。先制適時打で生還させた水瀬航平選手(同)は「右飛と思ったが、ポタンと落ちたときはガッツポーズをした」。しかし直後の四回に逆転され、六回には追加点を許し、吉田祐司監督は「一本が出なかったのが相手との差」と振り返った。

 それでも相手ペースのままでは終わらなかった。七回裏、「とにかく出塁しよう、逆転したい」と打席に立った桜井創太選手(6年)が二塁打を放ち、四死球で2死満塁とし、連覇を目前にした多賀を苦しめた。

 試合直後は「悔しい」と泣きじゃくっていた選手たちも、表彰式後は銀メダルを胸に笑顔でダイヤモンドを一周。高島大悟主将(同)は「最後まであきらめずに試合ができて、悔いはない」と前を向いた。 (松村裕子)

◆子ども守る「70球ルール」 健康重視、自立心も芽吹く

リリーフで登板し力投する茎崎ファイターズの岡野碧斗投手

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 今大会では投手の「1日70球ルール」が初めて導入された。ルール導入以前から、近年の学童野球での投手起用の潮流は球速よりコントロール重視、完投から継投へとシフトしている。その先駆者の一人が多賀少年野球クラブの辻正人監督で、同クラブの連覇は象徴的な結果ともいえる。

 初優勝した昨年も多くの試合を継投で勝ち、1試合当たりの球数はほぼ1人70球以内に収まる。同チームOBでプロ野球楽天のエース則本昂大(たかひろ)投手も、小学生時代の完投は、本人が強く希望した最後の公式戦の決勝1試合のみという。

 準優勝の茎崎ファイターズの吉田祐司監督の言葉も興味深い。

 「70球ルール」元年の今年、茨城県大会は同ルールの採用を見送ったが、茎崎は「全国で勝つには必要」と、自主的に「1人70球」を実践。吉田監督は「多くの選手に投げさせる中で、彼らに自立心が芽生えた」と話す。

 課題もある。今大会でもあったダブルヘッダーの解消は急務だ。「選手の健康」を掲げる以上、「過密スケジュールの解消」は大会運営側の責務といえる。改革は始まったばかり。「選手のため」の言葉に逃げることなく、今後もより良い制度を模索してほしい。 (鈴木秀樹)

 

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