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【社会】

掃除という五輪参加 暑さ寒さもなんの もう5年半

中央区の選手村建設地周辺のごみを拾い終え、記念写真に納まる「おもてなし大掃除」の参加者

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 開幕まで1年を切った東京五輪・パラリンピック。期間中、世界中から訪れる選手が気分よく入居できるようにと、建設中の選手村(中央区晴海5)予定地や周辺を月1回、近くの人たちが掃除している。開始から、もう5年半。活動の名前は、ずばり「おもてなし大掃除」だ。暑さ寒さに耐えながら「これも五輪に参加する一つのスタイル」と開幕まで続けるという。 (文・梅野光春/写真・坂本亜由理)

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 青空が広がった八月三日の土曜日。午前八時でも容赦なく照り付ける日差しの下、晴海五の一角に約五十人が集まった。「地域スポーツクラブ大江戸月島」と書いたビブスを着た人もいれば、工事用ヘルメットをかぶった人もいる。隣接地区の住民と選手村の工事関係者の混成チームなのだ。

 あいさつを終えると、ごみ拾い用のトングとポリ袋を手に歩きだす。集団は最初の交差点で二手になり、次の十字路でまた分かれて…と、数人ずつのグループで進んでいった。

 選手村は二〇一七年に建設が始まった。ベージュ色の外観が仕上がって内装工事に入った建物もあれば、まだ足場が残る建物もあって、カン、カン、カンとまさに大会へのつち音が響く。参加者はその中で下を向き、植え込みをかき分けて、吸い殻や空き缶を拾う。

 麦わら帽をかぶってごみ拾いしていたのは会社社長の栗原裕信さん(74)。生まれてからずっと、晴海に近い月島に住む。「子どものころ、この辺は草ぼうぼうで何もなかった。隔世の感があるね」と感慨深げだ。

 ごみ拾いを始めたのは一四年一月。大会の東京開催が決まった一三年九月、招致プレゼンテーションでフリーアナウンサーの滝川クリステルさんが「お・も・て・な・し」とPRしたのがきっかけらしい。

選手村の工事関係者と中央区地域スポーツクラブの人たちが一緒になってごみ集め

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 「選手村が近いこの地で、海外選手を『お・も・て・な・し』するには…」。栗原さんが理事長を務め、健康づくりや地域交流の活性化を目指す地元団体「地域スポーツクラブ大江戸月島」のメンバーで話し合い、「おもてなし大掃除」がスタートした。

 当時はまだ選手村の影も形もなかった。「人っ子一人住んでいなくて、道路はトラックの休憩所のようになっていた。そのせいか弁当の空容器やペットボトルが散らかって。何に使ったのか、さびたナイフも落ちていた」と栗原さん。よほどの悪天候でない限り続けてきた月一回の掃除と、工事で人の出入りが増えたことで、ごみは減ってきたという。

 一七年十一月からは、建設工事の作業員たちも活動に加わった。ヘルメット姿でごみ拾いに精を出すのは道路工事を担当する前田道路の中谷耕二さん(45)。既に十回以上参加。「作業員がいっぱい来て、コンビニで品薄を起こすほど買い物して、地域に迷惑を掛けているから」との気持ちからという。

 さらに日差しが強くなった午前九時前、この日の掃除は終了。みんな汗びっしょりだ。大まかに分別されたごみは四十五リットル入りポリ袋で二十個ほどになった。同クラブの金子千賀子さん(51)は「こうしてごみがなくなれば、気持ちいいでしょ」。シンプルな言葉だが、五十九回のおもてなし大掃除に皆勤賞の金子さんがつぶやくと、重みが違う。

「お掃除しながら選手をお待ちしています」と笑顔の鈴木明美さん

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 サッカー・ワールドカップ(W杯)の一四年ブラジル大会と一八年ロシア大会では、日本人サポーターがスタンドのごみ拾いをしたことが海外から称賛された。同クラブの鈴木明美さん(74)は、文字どおり額から汗を流しながら「海外から来る選手を、開幕までお掃除しながらお待ちしています」と話し、笑顔を見せた。

(2019年9月2日朝刊「TOKYO発」面に掲載)

 

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