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【社会】

証言台 泣きじゃくる母 「夫が殴ったこと知らず」 結愛ちゃん虐待死初公判

 「パパ ママ もうおねがい ゆるして」とノートにつづり、五歳で亡くなった船戸結愛(ゆあ)ちゃんの母親、優里(ゆり)被告(27)の裁判員裁判が三日、東京地裁で始まった。保護責任者遺棄致死罪の起訴内容を大筋で認めた優里被告。「(夫の)雄大(被告)からの報復が怖くて通報できなかった」と泣きじゃくった。 (小野沢健太)

 上下黒のスーツ姿で入廷した優里被告は、泣きながら証言台に立った。数分間は名前を名乗ることもできず、裁判長が何度も「落ち着いて」と呼びかけた。罪状認否では「雄大が結愛を殴ったのは知らなかった」と述べ、雄大被告を恐れていたと主張した。

 厚生労働省の専門委員会の報告書などによると、優里被告は十九歳だった二〇一二年三月、香川県で結愛ちゃんを出産。結愛ちゃんを一人で育てていたが、一六年四月に交際していた雄大被告と結婚し、九月には両被告の長男が生まれた。

 近隣住民によると、一家の部屋からは度々、結愛ちゃんの泣き声が聞こえたという。一六年のクリスマスの夜には、はだしでパジャマ姿のまま家の外で震えているのを住民が見つけ、警察に通報。体にあざがあったことなどから、児童相談所が虐待の疑いがあるとして一時保護した。

 ただ、結愛ちゃんが「おうちに帰りたい」と訴え、雄大被告も「もうたたかない」と約束したため、一時保護は一七年二月に解除された。

 しかし翌月、結愛ちゃんが家の外に追い出されているのがまた見つかり、二度目の一時保護。両被告が児相の家庭訪問を受けることなどを約束し、一七年七月に再び解除された。

 香川県警は、一時保護のたびに雄大被告を傷害容疑で書類送検したが、いずれも不起訴となった。

 一家は昨年一月、東京都目黒区に転居。香川県の児相は、目黒区を管轄する品川児相に書類を引き継ぎ、「継続した見守りが必要」と口頭で伝えたが、けがの写真など危険度が分かる資料は送らなかった。

 品川児相は二月九日、家庭訪問をしたものの優里被告が結愛ちゃんに会わせるのを拒んだため、接触を諦めた。二十日にあった小学校の入学説明会も、優里被告だけが出席し、結愛ちゃんは参加しなかった。

 結愛ちゃんは三月二日、搬送先の病院で死亡。度重なる危険信号が見過ごされた末に幼い命は失われた。

 

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