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【社会】

山あり谷あり人生を写す われら元路上生活者 今は写真部で活躍中!

台東区の玉姫稲荷神社でカメラを構えるNPO法人「山友会」写真部の(左から)マサハルさん、ミサオさん、ジローさん、ヒロユキさん、トキオさん

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 簡易宿泊所(簡宿)が密集する山谷地区(台東、荒川両区)に、元路上生活者の男性たちが活躍する写真部がある。古い家屋が日々、新築マンションに建て替えられていく山谷周辺やそれぞれの日常を記録する「山谷・アート・プロジェクト」だ。ファインダーの奥の街の姿から、男性たちの思いが垣間見える。(文・中村真暁/写真・稲岡悟)

ミサオさん撮影「ある日の夕ご飯」(作品はいずれも山友会提供)

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 簡宿の部屋の窓越しに輝く月、コンビニで買った夕食のカップラーメン、コンクリートの地面から力強く突き出る草花−。無料診療所の運営や炊き出しなど、ホームレス支援のNPO法人「山友会」(台東区)に集うメンバーで結成した写真部の作品だ。

 現在のメンバーは40〜70歳代の7人。ほとんどが路上生活を経験し、近くの簡宿で暮らす。撮影にルールはなく、被写体が傾いても、ぼけても、ぶれてもいい。自分たちの日常を自由に、好きなだけ撮影している。

 メンバーのトキオさん(68)は、路上生活をしていたころの仲間のテントを撮影した。高架下にあり、ブルーシートやベニヤ板製。自身も以前、こうしたテントで12年間ほど暮らした。

トキオさん撮影「簡宿の窓から見える輝く月」

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トキオさん撮影「路上のテント」

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 「知った仲だから撮らせてくれたんだ。他の人は無理だろうね」とトキオさん。じんましんが治らず、山友会には10年ほど前に通い始めた。今は生活保護制度を利用して簡宿で暮らすが、テント暮らしのころは制度自体を知らなかったし、他人から金銭的な援助を受ける考えもなかった。写真を見つめ、「あの生活は大変だったな」とつぶやく。

 写真部結成は2015年秋。日雇い労働者の街だった山谷は今、再開発でその姿を変えている。「生活者の目線から撮影される街の姿は、記録として貴重だ。撮影自体が高齢化する男性たちの楽しみにもなれば」。同会スタッフで写真家の後藤勝さん(53)はそう思い付き、男性たちにコンパクトデジタルカメラを手渡した。

 男性たちはほとんどがフィルムに親しんだ世代。デジタルカメラが初めてで、操作が不慣れな人もいたが、互いの写真を鑑賞し合ううちに撮影の仕方を発見し、撮りたい物が増えていった。撮影のため、見知らぬ人に話し掛ける男性もおり、副代表の油井和徳さん(35)は「外出のきっかけになり、みな表現に積極的になっていった」と振り返る。

エイジさん(故人)撮影「コンクリートから突き出て咲く花」

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 昨年11月には、初めての展示会がJR上野駅構内で催されたほか、英マンチェスターで開かれた「国際アート・ホームレス・サミット」にも呼ばれ、取り組みを紹介した。活動の幅が広がり、誰かにじっと作品を見つめられることが増える中、後藤さんは「アートで人に影響を与えられる、存在を証明できることが男性たちに伝わっている」と確信する。

 山谷には、家族を捨て、忘れたい過去がある男性たちも多く、そのほとんどが昔の写真を持たない。後藤さんは「撮影が自らを振り返る機会になり、さらに残したいと思える瞬間をこれからでも収められる。『あのときこうだったね』って、ありのままの自分を認め、仲間と共有し合う思い出になれば」とほほ笑む。

 写真は「山谷・アート・プロジェクト」のホームページでも鑑賞できる。

ジローさん撮影「今はもうないアーケード」

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