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【社会】

バッキーさん死去 82歳 阪神でエース、通算100勝

阪神時代のジーン・バッキーさん=1964年

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 【ニューヨーク=共同】プロ野球阪神でノーヒットノーランを達成するなど通算100勝を挙げたジーン・バッキーさんが十四日午前十時四十三分、腹部大動脈瘤(りゅう)手術後の合併症のため米ルイジアナ州で死去した。家族が明らかにした。八十二歳。

 米国のマイナーリーグでプレーしていた一九六二年のシーズン途中に阪神にテスト入団。村山実投手とともにエースとして活躍した六四年に29勝9敗でリーグ優勝に貢献。最多勝、最優秀防御率のタイトルを獲得して、外国人選手として初めて沢村賞を受賞してベストナインにも選ばれた。六五年六月には巨人戦でノーヒットノーランを達成した。六八年八月に通算100勝を記録したが、九月の巨人戦で王貞治選手への内角球をめぐり乱闘となり、巨人の荒川博コーチとの殴り合いで右手を骨折、以降は白星を挙げられなかった。

 近鉄に移籍した六九年限りで現役引退。通算成績は251試合に登板し、100勝80敗、防御率2・34。オールスターゲーム出場5度。

◆長嶋、王と名勝負

 日本のプロ野球に大きな足跡を残したバッキーさんは天国へ旅立つまで日本球界のことを気に掛け続けていた。六月には交流していた阪神の後輩、メッセンジャー投手が自身の通算100勝に迫っていたことに「個人的には自分の記録に並び、そして長く残る新記録を打ち立ててほしい」とエールを送っていた。

 V9時代に向かう巨人の前に立ちはだかり、長嶋茂雄選手、王選手らと名勝負を繰り広げた。一九六八年には巨人戦で王選手への内角球をめぐる乱闘で、荒川コーチと殴り合って右手を骨折した熱血漢。「多くの素晴らしい思い出がある」という球歴で「自分にとって一番大事なのは沢村賞を勝ち取ったこと」と六四年に29勝を挙げたシーズンを誇っていた。

 バッキーさんによると、メッセンジャー投手の妻ベネッサさんが会員制交流サイト(SNS)でつながっていたことから阪神球団史に残る名投手同士の交流に発展。メッセンジャー投手がサインボールを贈るなど世代を超えた友情を育んだ。

 米大リーグ、エンゼルスで奮闘を続ける大谷翔平選手には「百万人に一人の天才。右足を上げれば、間違いなくもう一人の王さん」とかつてのライバルになぞらえて称賛。海を渡った日本の若者にも優しい目を向けていた。

 

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