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【社会】

暗い、汚い…池袋のガード下が生まれ変わる 美術作家が公開制作中

池袋駅の東西をつなぐ地下歩道「ウイロード」の壁面に色を塗る植田志保さん。透明カーテン越しに作業を見ることができる=松崎浩一撮影

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 池袋駅の東西を結び、年間1000万人が行き交う地下通路「WE(ウイ)ロード」。この場所で、美術作家の植田志保さん(34)が、壁面描画を公開制作している。街の人々とともに歩んだ通路の歴史を見つめつつ、「暗い、汚い、怖い」のイメージを払拭(ふっしょく)するプロジェクトを“鑑賞”してはいかが。(中村真暁)

 8月下旬の夕方。長さ77メートルのウイロード内に設けられたクリアパネルの向こう側で、植田さんは壁に向かっていた。ピンクや黄、水色などの塗料を混ぜてハケで塗ったり、手に付けてたたいたり。凹凸の感触を確かめるように、感じるままに色を重ねる姿は、まるで壁と対話しているようだ。

改修前の殺風景だったウイロード(豊島区提供)

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 ウイロードは、1925(大正14)年に山手線の環状運行に合わせて建設されたとされる。酔っぱらいが小便をひっかけることもあり、「ションベンガード」という不名誉な呼ばれ方をしていたことも。85年に改修されるも、そうしたダーティーなイメージを引きずってか、2017年の豊島区の調査では、1日の通行者約3万人のうち、女性は3割だけだった。

 漫画やアニメなどサブカルチャーの拠点が集まる池袋には現在、世界中から観光客が押し寄せている。大きな発展を遂げる街の「置いてきぼり」だったウイロード。その汚名を返上し、女性に安心して歩いてもらおうと、区は同年秋、通路をパネルで覆い、アート作品を展示する改修計画を打ち出した。

ウイロードの東側出入り口

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 その後、色に立脚した表現活動に取り組む植田さんに、作品提供を打診。しかし、現地視察した植田さんは「空間自体にひきつけられ、かけがえのない場所だと感じた」と意外な反応を見せた。さらに、今の通路をパネルで隠すのではなく再生させる方法として、直接描画を逆提案してきた。

 「頭をガーンと打たれた気がした」と振り返るのは、松田芳隆・道路整備課長。「その方がアート・カルチャー都市を打ち出す区の方針に合致するのかもしれない」と感じ、植田さんの提案の検証を始めた。行政機関としては異例ともいえる柔軟な対応だった。

 その制作スタイルも異例。今年3月から5月下旬まで池袋駅前に透明パネルで覆った仮設スタジオを建て、植田さんが天井を覆うパネルに絵を描く様子を通行人に公開。7月に通路内の壁面描画に着手した。

天井パネルは今年3〜5月に池袋駅前のスタジオで公開制作された(豊島区提供)

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 ウイロードを知るために、植田さんがこだわったのが研究者や住民との対話だった。終戦直後に傷痍(しょうい)軍人がハーモニカを吹きながら物乞いをしていたこと、デートの待ち合わせを前にドキドキしながら通路をくぐり抜けた記憶、この場所のギター弾きにひかれて音楽活動を始めた思い出−。エピソードを聞き、資料を読みあさる中で出合う歴史の積み重ねに、「生きるためのエネルギー、わいざつな美しさがここにあったんだ。そうした日常が今の都市の姿につながっている」と感じたという。

壁面描画に込めた思いを話す植田志保さん

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 住民や区職員、色、そしてウイロードそのものとの「対話の中にこの場所の本質がある」という植田さん。語ってくれた一人一人の目線を思いながら制作に没頭する。

 11月に完成するウイロードは、どんなストーリーを紡いでくれるのだろう。植田さんは「『行ってらっしゃい』『お帰りなさい』と、自分の心が戻ってくるような道になったら最高です」と話している。

 ウイロードの公開制作は11月中旬まで、土曜午前9時〜午後5時。

 

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