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【社会】

<ラグビーW杯>復興芝生 夢舞台支え 豊田スタジアムに宮城・山元町産

復興芝生で埋め尽くされたコートに目を細める大坪征一さん=23日夜、愛知県豊田市の豊田スタジアムで

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 ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会のウェールズ対ジョージア戦が二十三日夜、愛知県豊田市の豊田スタジアムであり、熱戦の火ぶたが同スタジアムでも切られた。選手たちの足元を支えたのは、二〇一一年東日本大震災の津波で浸水した宮城県山元町で育った「復興芝生」。生産に奮闘した大坪征一さん(79)が豊田に駆け付け、「みんなで夢を実現できてよかった」と喜びをかみしめた。 (森本尚平)

 約九千平方メートルのピッチで青々と葉を伸ばす芝生。スタンドから見た大坪さんがつぶやいた。「天然芝に見えない。それほどきれいに張られている」

 自身も高校、大学とラグビー部で、今もプレーするラガーマン。一週間ほど前も試合に出場し、タックルで頭をけがした。額にばんそうこうを貼った大坪さんは、手塩にかけて育てた自慢の芝の上で躍動する選手の姿を追った。

 芝生作りは数粒の種から始まった。実家のある山元町は震災前、特産品のイチゴやブドウの農場が広がっていたが、全てが津波にのみ込まれた。

 震災翌日、スポーツ用品店を営む仙台市から実家に戻り、惨状を目の当たりに。「俺の力で町をよみがえらせたい」。その一心で海水をかぶった実家近くの砂地に芝生の種を試しにまいたところ、芽を出した。

 一三年に宮城県内の芝生生産業者らと「東日本復興芝生生産事業会社」を立ち上げ、社長に就任。「復興芝生」を商標登録した。海水をかぶった農場を借り上げ、現在は十六ヘクタールのほ場で生産。この芝に、やはり砂地で芝を張る豊田スタジアムから「W杯用に」と白羽の矢が立った。

 試合はウェールズが快勝したが、ジョージアも踏ん張った。大坪さんは興奮を隠せない。「感激でした。最後まで、足をとられてこける選手がいなくて、走りきっていた」。芝は力強く根を張り、試合後も大きなめくれはなかった。復興に向け、地元に根を張り着実に歩む故郷の人々の姿が重なり、芝生への自信が確信に変わった。

 豊田スタジアムでは二十八日(南アフリカ対ナミビア)、十月五日(日本対サモア)、同十二日(ニュージーランド対イタリア)にも試合がある。

 

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