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【社会】

築地閉場1年 場外にぎわい健在 食文化守るプロに人波

 「日本の台所」と親しまれた築地市場(東京都中央区)が昨年10月、豊洲(江東区)へ移転し83年の歴史に幕を下ろしてから、6日で1年となった。跡地の建物は約8割の解体工事が完了し、更地に近い状態に。築地のシンボルだった扇形の建物も姿を消した。 

 本社ヘリで上空から見下ろすと、水産仲卸売場などがあった扇形の建物は屋根や柱、壁がすべて壊され、コンクリートの床がむき出しになっていた。600の仲卸店が軒を並べ、小型運搬車「ターレ」が行き交った通路の跡だけが、往時の面影を残す。

 跡地は今後舗装され、来年の東京五輪・パラリンピックで選手や関係者の輸送拠点として車両の待機場に利用される。大会後は、都が国際会議場などを核に再整備する方針を示している。 (岡本太)

解体された築地市場の跡地=10月1日

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解体前の築地市場=2018年9月5日、いずれも東京都中央区で、本社ヘリ「あさづる」から(坂本亜由理撮影)

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◆午後3時には大半閉店→夜まで営業、ニーズ探る

 「築地」の看板、守り続ける−。豊洲(東京都江東区)への移転、閉場から1年、築地市場に隣接し、鮮魚や乾物などの専門店が集まる「築地場外市場」(場外、中央区)は客離れが心配されたが、どっこい健在だ。早朝こそ客足は鈍ったものの、日中のにぎわいを夜まで引っ張る変化の兆しも出てきた。店がひしめく場外の今を歩いた。 (梅野光春)

 「One? Seven hundred yen」(一つ? 七百円です)

 場外でマグロの刺し身やにぎりずしを売る「さかな屋高知家」の宇賀義晋(よしのぶ)さん(44)が、慣れた様子で外国人観光客にすしのパックを渡す。その場で平らげる客もいるといい、「うちは移転の影響は感じない」と宇賀さん。取材した三日も、昼どきの場外は観光客らで混み合い、移転前と大きく変わった印象は受けない。

慣れた様子で外国人観光客に応対する宇賀義晋さん

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 「移転直後は場外もなくなったという誤解があり、『まだやってるの』って聞く人もいた」。一九一六(大正五)年創業のかつお節問屋「秋山商店」の秋山久美子社長(60)が話す。

 例年、年末は正月用の食材を買い求める客でごった返すが、昨年末は「誤解」のせいか少し暇だった。今ではだいぶ客足が戻り、秋山さんの店ではみそ汁用か、すまし汁用かなど用途に合うものを勧める。「場外は『食文化の築地』を守っている。専門家の集まり」。プロの自負が、客を引き寄せる。

「場外はプロの集まり」と語る秋山久美子社長

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 もちろん影響が無いわけではない。移転前は、市場で仕入れを済ませた人ら関係者で朝の暗いうちからにぎわったが、午前四時半から営業する海鮮丼店「つきじかんの」の菅野美穂社長(56)によると、移転直後は売り上げが六分の一に減ったという。「最近は早朝の豊洲市場を見学してから、築地場外に食事に来る人が増えたが、閉場前の売り上げには戻らない」

 市場跡地の再開発にも気をもむ。一時は小池百合子都知事が「食のテーマパークを造る」と発言。菅野さんは「場外と同じような施設になれば、店はまた厳しくなる」と心配する。

 新しい挑戦も。場外では飲食店を除き午後三時には大半が閉店する。それを夜まで延ばし、ニーズを掘り起こす試みだ。鳥肉販売「鳥藤」の鈴木昌樹社長(42)は「地元の人が仕事帰りに買い物できるよう将来は営業時間を延ばせれば」と語る。

 十二日には「築地場外ビアガーデン」が午後九時まで開かれる。「この時間までのイベントは場外史上初」。NPO築地食のまちづくり協議会の鈴木孝夫さん(38)はイベントを手始めに、変化を促していくという。

外国人観光客らでにぎわう築地場外市場=東京都中央区で

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◆跡地再整備、着手遅れる可能性も 土壌汚染、文化財調査必要

 都が来年の東京五輪・パラリンピック後を見据える築地市場跡地の再整備方針は、全体像が固まっておらず、新しい姿が見えるのはまだ先になりそうだ。

 跡地は銀座や有楽町に近く、面積は東京ドーム五個分の約二十三ヘクタールある。五輪後の大規模再開発の目玉と注目され、都幹部も「都心に残された最後の広大な土地だ」と話す。

 都は三月に築地再整備のまちづくり方針を発表し、四つのエリアに分け、二〇四〇年代ごろまでに段階的に整備する考えを示した。核となる国際会議場とホテルなどは、二二年ごろに事業者募集を始める。最も面積が大きい中央部のエリアは、二〇年代半ばに事業内容を確定する予定で、今後民間からアイデアを募る。

 再整備に向けては土壌汚染や埋蔵文化財の調査も必要になる。跡地には江戸時代の老中松平定信の庭園が埋まっているとされ、調査が長期化すれば、再整備の着手自体が遅れる可能性もある。 (岡本太)

<築地場外市場> 1935(昭和10)年に開場した築地市場の北東に、市場から仕入れた鮮魚や野菜などを扱う商店などが広がって形成された。現在は六つの商店街からなり、食品や調理器具などの販売店や、すしなど海鮮料理を提供する飲食店など約460店が営業している。

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