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【社会】

千葉豪雨、三たび被害 妻の迎え 軽トラに濁流

軽トラックを運転していた鈴木仁一さんが大雨で動けなくなり、側溝で亡くなったとみられる現場付近=26日、千葉県長南町で

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 またも千葉、福島両県を襲った台風21号の影響による大雨。26日、かび臭さが漂い、物が散乱する被災地で次々と犠牲者が確認された。「逃げる間もなかった」「もう散々だ」。台風15、19号に続いた災害。住民は恐怖に震えた。

 収穫が終わった水田脇に、泥と稲わらにまみれた白い軽トラックが取り残されていた。介護ヘルパーの妻を迎えに行く途中で濁流にのまれたとみられる千葉県長南(ちょうなん)町の鈴木仁一(じんいち)さん(81)。「孫の結婚式までは死ねないって言っていたのに、こんなところで亡くなって…」。結婚して五十五年。数々の思い出を振り返り、妻かず子さん(76)は目を潤ませた。

 二十五日朝、仁一さんはいつも通り、かず子さんを軽トラックで近所の訪問介護先に送り届けた。雨はそれほど激しくなく、「十一時ごろに迎えに来てね」と別れた。徐々に強くなる雨脚。時間を過ぎても迎えに来ない。やがて道路の水が引き、タクシーで家に帰る途中、すれ違ったのは見慣れた軽トラック。「確かナンバーが同じ」。そこに仁一さんは見当たらない。

 戻った自宅に仁一さんの携帯電話があり、再びタクシーでトラックのあった場所に。消防の人が集まっていた。側溝に横たわる仁一さんの遺体を、かず子さん自らが確認した時、雨は上がり、夜空には星が見えていた。

 現場周辺では、雨粒が膝の高さまで跳ね返るほどの強さで降り、道路は瞬く間に冠水したという。近くの女性は、濁流の中にトラックの屋根のようなものを見たが、人がいるとは思わなかった。

 「責任感が強い人だったから、雨がひどくても迎えに出たのかもしれない」とかず子さん。九月の台風15号では自宅が四、五日停電したが「避難しようと言わなかった」という。

 長南町で育ち、農業を営んでいた仁一さん。息子二人と娘一人を育て上げ、四人の孫もできた。「小学生の孫の結婚式に出るまで死ねない」とよく笑った。地元小学校に田んぼを提供し、お礼として収穫したコメで炊いたご飯を児童から振る舞われると「おいしい」と喜んだ。

 昨年一月、夫婦で訪れたのは東京・葛飾の柴又帝釈天。お酒が飲めず、甘い物に目がなかった仁一さんが、テレビで見た団子を食べに行こうと誘ったという。

 カメラが趣味で、自宅にはたくさんのアルバムがある。仁一さんが撮った写真とともに、二人で写った写真が残されていた。

 

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