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【社会】

<代替わり考 大嘗祭>(下) 茅葺き存廃巡り論議

茅葺き屋根を残す平成の悠紀殿=平成大礼写真帖より

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 「なぜ大嘗宮(だいじょうきゅう)から茅葺(かやぶ)き屋根を無くすのか」。海外の参加者からも、いぶかる声があがった。令和の時代が始まった五月の中旬、岐阜県の世界遺産・白川郷などを会場に国内初の「国際茅葺き会議」が開かれ、オランダなど七カ国の茅葺き職人が集まった。

 筑波大名誉教授で日本茅葺き文化協会代表理事の安藤邦広さん(71)は「多くの参加者から、茅葺きを普遍的価値のある文化として守ってきた日本を尊敬すると称賛された。それだけに大嘗宮の件は容認できなかった」と語る。

 大嘗祭のため皇居・東御苑に造営した大嘗宮を巡って最後まで論議を呼んだのは、意外なことに茅葺き屋根の廃止の是非だった。

 大小約三十の建物からなる大嘗宮のうち、主祭場の悠紀殿(ゆきでん)と主基殿(すきでん)、天皇が身を清める廻立殿(かいりゅうでん)の主要三殿は前回まで茅葺き屋根だった。宮内庁は今回、コスト節減と実質三カ月余りの建設工期で確実に完成させるためとして、昨年十二月にこの三殿の屋根も板葺(いたぶ)きに変更することを決めた。

 大嘗祭の千三百年の歴史で、大嘗宮から茅葺き屋根が姿を消すのは初めてとされる。安藤さんは「稲作は国土と社会の礎であり、神々に収穫を感謝する大嘗祭の祭場の屋根をイネ科の茅で葺くことに文化的な意味がある」として春先から宮内庁に再考を求めてきた。八月末には自民党の茅葺き文化伝承議員連盟も政府に再考を働きかけた。

 宮内庁幹部は「茅の調達と職人の確保が難しく、台風や天候不順を考えると、変更はやむを得なかった」と説明。九月以降は大型台風が相次いで首都圏を直撃し、「茅葺きなら、風で飛ばされて工期が遅れた可能性があった」と話す。

 前回の代替わり儀式で事務方の責任者を務めた元内閣官房副長官の石原信雄さん(92)は、まったく別の理由で宮内庁に賛成する。「前回はカラスがいたずらをしてかやを引き抜くので、補修が悩ましかった。明治神宮と皇居のカラスの縄張り争いが絡み、明治神宮のカラスの仕業だなんて話も耳にした」と振り返る。

 台風やカラス対策は現実的な問題ではある。だが神道研究家の高森明勅(あきのり)さん(62)は「古代から大嘗宮に欠かせない要素は、清浄さを象徴する茅葺き屋根と皮付き丸太を使う黒木造りだ。伝統を変えてしまったことは大きな禍根を残した」と指摘する。

 安藤さんは、平安時代の法典「延喜式」や万葉集の歌にも出てくる「逆葺き」という簡易な茅葺き工法を宮内庁に提案してきた。宮内庁の幹部は「今回は逆葺き工法の安全性を検証する時間はなかったが、次回以降はあらためて検討されるだろう」といい、将来の茅葺き屋根の復活に含みを残した。 (吉原康和、阿部博行)

<大嘗宮と茅葺き> 今回の大嘗宮で平安時代から続く建物は、悠紀殿、主基殿、廻立殿の主要三殿と神への供え物を調理する膳屋(かしわや)のみ。古代から簡素な茅葺き屋根の建物が基本だったが、明治以降に儀式の規模が肥大化して建物が増えた。茅葺きは文化庁が貴重な伝統技術として国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産への登録を目指しており、欧州の一部でも環境保護などの観点から再評価の動きが進む。

 

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