東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社会 > 紙面から > 12月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【社会】

北帰還者の名簿見つかる 石川の約740人分本籍など

名簿には一緒に北朝鮮に渡った日本人妻の名前も見える。上から名前、朝鮮半島の本籍地、県内での住所、来日した年、北朝鮮帰還後の希望職業などが書いてある=一部画像処理

写真

 かつて在日朝鮮人や日本人妻ら九万人余が北朝鮮に渡った「帰国事業」で、石川県内からの詳細な帰還者名簿が残っていることが分かった。約七百四十人分で、本人の住所、朝鮮半島の本籍や来日理由、生活や健康状況、北朝鮮で希望する職や居住地まで記されている。最初の帰還船が新潟港を出て十四日で六十年。識者は「当時の実態を読み取れる貴重な資料」と評価する。 (辻渕智之)

 名簿は四冊あり、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)石川県本部に保存されていた。メディアに明らかにするのは初めてという。

 一九五九年十二月出航の第二次帰還船から七三年出航の第百六十七次帰還船に乗った人の名簿が世帯ごとに申請書様式でとじられ、県内各地の約百八十世帯七百四十人分が確認できた。事業前の五八年時点で県内には在日朝鮮人が約三千八百人おり、約二割が帰還した計算になる。

 在日朝鮮人と結婚した日本人妻も国内各地から千八百人ほどが北朝鮮に渡った。石川県内を対象にしたこの名簿にも日本人妻の名前が散見され、国語(朝鮮語)理解度の「上中下」記入欄に「下」と書かれた人もいる。名簿の在日朝鮮人には当時十代の中高生も目立ち、北朝鮮での「職業希望」に「進学」との記入が多い。帰還直前に生まれた子の名前を赤ペンで加筆した名簿も。備考には「背骨異常で病院生活」「結核」など健康状態も書いてある。

 当時、北朝鮮政府は学費の無償化や食事、住宅の保証など帰還者支援策を打ち出していた。十六歳の少年の名簿には「日本で将来に希望がないから帰国することを決心」とある。

 朝鮮総連は北朝鮮を「地上の楽園」と宣伝した。しかし、劣悪な生活や労働環境に置かれた帰還者は多く、監視され、一部は収容所に送られて行方不明になった。県内の在日関係者によると、県内からの帰還者で大学教授になった例や訪問した親族に「帰国を一切後悔していない」と語る人もいるという。

 総連県本部の盧秀吉(ロスギル)委員長(67)は「朝鮮戦争が休戦しているだけという状態の社会で、生活に厳しかった面があるのは事実」と認める。「日本での生活難や差別が大きな背景としてあった。そして若者らが祖国の建設に参加できる喜びを感じて帰国し、この事業が私たち在日を祖国に近づけた事実をこの名簿は伝えている」と話した。

◆表に出ていない貴重な資料

<朝鮮総連に詳しい朴斗鎮(パク・トゥジン)コリア国際研究所長の話> 総連中央からの指示で名簿は各地で作成されたと推測されるが、これまで全国的にみても表に出ていない非常に貴重な資料。総連がいかに関与したかの証拠であり、当時の在日の実態が具体的に読み取れるはずだ。

<北朝鮮への在日朝鮮人帰還> 北朝鮮と朝鮮総連が推進し、日本政府も治安・財政上の負担軽減などの思惑から認める形で1959〜84年に実施。日朝間に国交がないため、実務は双方の赤十字社が協定を結んで進めた。在日朝鮮人と日本人妻ら約9万3000人が新潟港から船で北朝鮮に集団移住した。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報