東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社会 > 紙面から > 12月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【社会】

<差別の深淵 「やまゆり園」公判を前に>(中) 障害者に本気で向き合わず

「津久井やまゆり園」の献花台に花を供え、一礼する入倉かおる園長=26日、相模原市緑区で

写真

 相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者十九人を殺害した植松聖(さとし)被告(29)は、施設で三年余り働いた元職員だった。それなのに、なぜ障害者へのゆがんだ思いを募らせ、犯行に至ったのか。障害者支援に関わる人たちも裁判の行方を見詰めている。

 「私たちもしっかりと裁判を見届けていくよ」。事件から三年五カ月の月命日の二十六日、建て替え工事が進む園の前に設けられた献花台で、入倉かおる園長は手を合わせた。初公判が来月八日に迫る中、「遺族やけがをした人、その家族の気持ちに寄り添いながら、一日一日を重ねていきたい」と思いを口にした。

 植松被告について「きちんとあいさつして礼儀正しい姿を見せる一方で、決まり事を守れないことが多かった」と振り返る。勤務後につける勤務記録を書かない。食事後にテーブルや床を掃除するとき手を抜く。何度も保険証をなくしたり、入れ墨を入れたりする問題行動もあった。そのたびに注意したが、「すみません、すみません」と頭を下げ、その場をやり過ごそうとしているように思えた。

 ところが被告が退職した二〇一六年二月は違った。その四日前に「障害者総勢四百七十名を抹殺することができます」という手紙を持って衆院議長公邸を訪ねたと知り、なぜそんな考えを抱いたのか尋ねたが、被告は「重複障害の人はいらない」と自説を譲らなかった。「この仕事をして、お金をもらってるのは矛盾じゃないか」とただすと、被告は退職すると告げた。

 その五カ月後、事件は起きた。「どうして気持ちを止められなくなったのか、本当に分からない」と入倉園長は話す。

 障害者への偏見をなぜ増幅させたのか。幼なじみの男性(32)は当初、仕事について楽しそうに語っていた被告が次第に「(障害者が)言うことを聞かない」「意味の分からない行動をする」と不満を口にするようになったのを覚えている。「今思えばストレスがあったんだと思う。職場の人間関係がうまくいかないと愚痴をこぼしていた」

 ところが、植松被告は事件後、接見相手に介護の仕事を「楽だった」と語っている。知的障害のある三女星子(せいこ)さん(43)を育て、植松被告と手紙でやりとりを続ける和光大名誉教授の最首(さいしゅ)悟さん(83)は「介護が楽だといえるのは、彼が本気で介護の仕事をしていなかった証拠だ」と指摘する。

 四十年以上にわたり、障害者支援に携わる岩坂正人さん(68)=横浜市保土ケ谷区=も同じ考えだ。「経験のある職員でも感情的になる瞬間はある。それでも相手と関係を築き、意思が通じた時、仕事の喜びが生まれる。彼にはそんな体験がなかったのではないか」

 介護現場では、職員による認知症の高齢者や障害者への虐待が後を絶たない。岩坂さんは「事件の背景となった介護現場の問題に目を向けることも重要。事件当時の園の労働状況や研修体制などについて検証が必要」と話している。障害者支援の現場で二度とこのような事件を起こさせないためのヒントはないか。裁判の行方を見守っている。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報