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【社会】

<差別の深淵 「やまゆり園」公判を前に>(下) 匿名審理、事件語れぬ遺族

被害者参加制度で被告人質問する尾野剛志さん(上)と事件で重傷を負った一矢さん=横浜市港南区で

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 殺害された人は「甲A」「甲B」…。けがを負わされた人は「乙A」「乙B」…。

 相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件で、来年一月八日に始まる植松聖(さとし)被告(29)の裁判は、被害者のほとんどが記号で呼ばれる。事件から三年半近く経過するが、被害者の遺族や家族の多くが事件について語れず、匿名審理を希望するという現実が、背景にある。

 「障害を理由に家族の結婚が破談になったり、後ろ指をさされたりした人もいる。社会に差別意識が残る中で、家族の心も傷ついてしまったところがあるのだろう」

 事件で重傷を負った長男の尾野一矢さん(46)の父剛志さん(76)は語る。自らは実名で取材を受けてきたが、口を閉ざす遺族らの苦しみにも心を寄せる。

 神奈川県警は事件当日の二〇一六年七月二十六日、殺害された十九人の名前を匿名にし「R男さん 六十七歳」「S男さん 四十三歳」などと性別と年齢だけを発表した。「知的障害者支援施設であり、遺族のプライバシー保護の必要性が高い」という理由だった。

 発表前、県警は、やまゆり園で、事件の状況を説明していた。そこで数人の遺族から被害者の氏名を伏せるように頼まれたため、死亡した十九人の家族の意向を確認したところ、全員が匿名を希望したという。

 説明に立ち会った家族会会長の大月和真さん(70)は、遺族は被害者の名前が公表されることでマスコミが押しかけることを懸念していたという。「家族には高齢の人も多い。生活を守るために匿名は必要だった」と家族の思いを代弁する。

 ただ、障害者を支援する団体などからは「差別的な扱いではないか」「匿名では殺された人がどういう人物か見えない」との声が上がり、匿名発表を巡る論争が起きた。

 重度の知的障害があり、同園に入所していた平野和己さん(29)の父・泰史さん(68)は「利用者本人の存在が無視されている。彼らがいなかったことと同じ。せめて名前を出すことが彼らに対してできる報いではなかったか」と今も疑問を感じている。

 尾野さんが実名で取材を受けてきたのは「家族が語らなければ事件が風化してしまう。植松被告の考えが間違いであったことを伝え続けていかないといけない」という強い思いがあるからだ。

 裁判では、被害者参加制度を使い、法廷で意見陳述や被告人質問を行う。「育ててきた子どもを殺された親の怒りはみんな同じ。家族を匿名に追い込むような差別や偏見をなくしていくためにも、私は訴えを続けたい」。声を上げられない家族の思いも胸に、法廷で植松被告と向き合う。 (この連載は曽田晋太郎、土屋晴康、丸山耀平、北爪三記が担当しました)

<津久井やまゆり園の入所者の現状> 事件後、入所者約120人は「芹が谷園舎」(横浜市港南区)や、別の神奈川県立施設、民間のグループホームなどに分散して暮らす。事件現場の津久井やまゆり園の居住棟は「凄惨(せいさん)な記憶を呼び起こす」として既に解体され、2020年に現地で新施設の工事が始まる。芹が谷園舎の隣にも新施設を建設予定。ともに22年度の完成、引っ越しを目指す。県と園の指定管理者「かながわ共同会」は18年末から、入所者本人に対し、どちらの施設に入るか、あるいは別の民間施設に移るかを聞き取る「意思決定支援」を続けている。

 

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