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【社会】

<東京2020 祝祭の風景> 第1部 ブラインドサッカー(1)

「昔に比べて人にぶつかる回数が増えました」と語る全盲の鳥居健人さん=東京都内で(佐藤哲也撮影)

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 朝のラッシュが一段落した地下鉄千代田線北千住駅(東京都足立区)。昨年十二月二十三日、電車を降り、改札に向かっていた会社員鳥居健人(けんと)(28)は、若いサラリーマンと真正面からドンとぶつかった。

 サラリーマンはスマートフォンで電話しながら、別の手に持ったもう一台のスマホに目線が集中していた。衝突の拍子に落とした一台をあわてて拾うと、鳥居の背中をにらみつけた。

 鳥居が手にしている視覚障害者用の白杖(はくじょう)には、全く気付かないようだ。

 鳥居は全盲である。

 ブラインドサッカーの現役選手で、元日本代表でもある。人一倍、運動神経に優れ、周囲の気配を察知する感覚にたけている鳥居ですら、外出時に何度も人にぶつかる。

 この朝の通勤で、真正面から衝突したのは二人目。いずれも点字ブロック上だった。「点字ブロックの上は視覚障害者が安心して歩きたい場所なのに…」

 さまざまな価値観、ムーブメントが生まれては消える私たちの社会に、東京五輪・パラリンピックはどんなインパクトを与えるのだろう。アスリートや市井の人々の思いに耳を傾けながら、この国の風景を見直したい。第一部では、視覚障害のあるブラインドサッカー選手が直面する「壁」と、スポーツを通してつかもうとする夢を描く。 =文中敬称略 (この連載は臼井康兆が担当します)

白杖で前方を確かめながら、横断歩道の点字ブロック上を歩む鳥居健人さん=東京都豊島区の池袋駅東口で

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◆白杖とともに街へ ぶつかるのは「無関心」

   接近する靴の音。人々の声…。雑踏の中で耳を澄まし、前方の気配を感じながらゆっくり歩く。

 「あっ、危ない」

 横断歩道を渡る鳥居健人(けんと)(28)の足が、ビクッと止まった。

 冬の夕方、西武池袋線練馬駅(東京都練馬区)の南口。前から来る親子連れ、二人組の女子高生、高齢者と、百メートルほどの間に次々に接触した。

 鳥居は全盲である。視覚障害者用の白杖(はくじょう)で、足元を確かめながら進む。「いつも覚悟しています。ぶつかるだろうって」

 朝の池袋駅で電車を降りると、改札手前でスマートフォンに見入っていた若い母親に衝突した。改札を出た直後にも、歩きスマホの男性とすれ違いざまにぶつかった。

 「昔に比べてぶつかる回数が増えました。皆、スマホで視野が狭くなってるんじゃないかな」

 視覚障害者の外出時に何が起きるのか。昨年十二月の五日間、鳥居に記者が同行した。取材と分からないよう数メートル離れて歩き、電車にも同乗した。

 鳥居は主に点字ブロック上を歩くため、そこを不用意に歩いている人とぶつかることが多かった。スマホだけでなく、会話に夢中な人も多い。謝る人は少なかった。

 ブラインドサッカーの元日本代表選手だとは、誰も気付かなかっただろう。

 鳥居は埼玉県で育ち、一歳の時に網膜のがんで光を失った。一番古い記憶は、近所の子どもとのボール遊び。運動神経が良く、投げたり蹴ったり、自転車に乗ることもできた。

 ブラインドサッカーとの出会いは小学五年。千葉県で活動するクラブチームを担任教諭が見つけてきてくれた。

 「やってみない?」

 国際ルールが日本に伝わったのが二〇〇一年だから、同時期に当たる。社会人の中、一人だけ十一歳が交じって練習した。

 電車を乗り継ぎ一時間半。最初は親が付き添い、慣れたら一人で通った。それから約十七年間、練習に通学、通勤と、普通の視覚障害者以上に外出した。

 遠征で欧州や南米に行ったこともある。

 「向こうの人たちは自然に手助けしてくれるんです。日本でも、五輪・パラリンピックを控えてバリアフリーとかダイバーシティーって言うでしょう。でも、点字ブロックとかエスカレーターとか設備は整ってるけど、人の心がね…」

 十二月十二日。地下鉄有楽町線池袋駅で、六十代くらいの女性が鳥居に声を掛けてきた。

 「一緒に乗りませんか」

 手を取って前に歩ませ、「どこまで行くの」と尋ねる。鳥居も心を許し、「永田町駅で乗り換えます。最後尾の車両が便利なんです」と言ってみた。

 「ここは先頭車両よ。では一緒に行きましょう」。鳥居に肩を貸し、最後尾まで案内してくれた。

 「電車内でもいっぱい話し掛けてくれた」。女性が去った後、鳥居の声は弾んでいた。

 結局、記者が同行した五日間で、電車で席を譲ってくれたのは一人。空席を教えてくれたのが一人。日暮里駅で京成線からJRへの乗り換えに手間取り、構内を迷い歩いた時も、助けてくれた人はいなかった。

 大多数の人々は鳥居に無関心。ただ、その存在に目を留めた人がわずかにいたのも事実だ。

 西武池袋線の電車内。座っていた中年男性が、鳥居の方をちらちら見ながら何度も腰を浮かし、立ち上がろうとしていた。最終的に席を譲りはしなかったが、男性の善意と葛藤が記者には分かる気がした。

 JR池袋駅。鳥居がホームから階段を下りるまで、じっと見届けたサラリーマンがいた。息子を見守る父親のようだと、記者は思った。

 「本当ですか。僕が気付かない親切もあるんだ」。鳥居に伝えると、その顔が輝いた。 =文中敬称略

  (臼井康兆)

<ブラインドサッカー> 1980年代初頭に国際的なルールが開発された。日本ブラインドサッカー協会の登録チームは現在25団体。ルールはフットサルとほぼ同じだが、ボールは転がると音がする仕組み。1チームはフィールド選手4人、ゴールキーパーの計5人。フィールド選手はアイマスクを着けゴールキーパーは健常者か弱視者が務める。監督やガイドがコート外から声で指示を出す。

 

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