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【社会】

<東京2020 祝祭の風景> 第1部ブラインドサッカー(2)

「フリーバード目白台」の仲間と練習に励む鳥居健人選手(中)。右は山本夏幹監督=東京都文京区の筑波大付属視覚特別支援学校で

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 カシャカシャカシャ…。鈴のような音を響かせて転がるボールを、若者たちが追い掛けていた。

 昨年十二月、筑波大付属視覚特別支援学校(東京都文京区)。ブラインドサッカーのクラブチーム「フリーバード目白台」の夜間練習に集まったのは、高校一年〜三十代の四人だ。

 鳥居健人(けんと)(28)ら二人は全盲で、二人は弱視。音を頼りにボールを奪い、ドリブルからゴールに持ち込む。

 「おお、すごい音。いいシュートだねぇ」

 「ジュースおごって」

 練習はきついが、合間に笑顔が絶えない。

 全盲でもできる球技というと、プレーヤーの役割や動きが制限されるものが大半である。鳥居が学校で体験した「フロアバレー」「ゴールボール」は、数メートル四方の範囲内でしか動かない。いずれも転がるボールを手で押さえるため、床に近いしゃがんだ姿勢を取ることが多い。

 その点、ブラインドサッカーは、フットサルと同じコートを駆け巡ることができる。鳥居が魅了された理由もそこにある。

 「自由なんです。こんなに自由なスポーツがあるのかって思った。だから、純粋に楽しい」

 鳥居は十四歳で日本代表に選ばれ、世界選手権にも出場した。

 しかし、周囲は年の離れた大人ばかり。練習が終わると話について行けず、一緒に酒を飲むこともできない。孤独感から他競技に転向してしまった。

 情熱を取り戻したのは二〇一五年。同支援学校の教諭、山本夏幹(なつき)(28)の誘いがきっかけだった。

 「一緒にチームを作らないか」

 山本は野球に青春をかけ、夏の甲子園の出場経験もある。大学一年の時、硬球が当たって左目の視力をほぼ失った。

 教育者となって考えたのは、視覚障害のある子どものスポーツ環境のこと。特に地方の盲学校では生徒の人数も少なく、扱う競技は限られる。

 「同世代で競い、勝って喜んだり、負けて『もっとがんばろう』と思えるような経験を味わわせてやりたい。熱っぽい、部活動のようなものを…」

 こんな山本の思いが、若い選手を育てたい鳥居と一致した。

 一六年に創部したフリーバードは、同支援学校の在校生・OBが中心だ。メンバーは現在九人。週三回の練習では山本の指導の下、鳥居が手本を示して選手を引っ張る。

 「俺ができるんだから、みんなもできるさ」

 この三年間で若手が育ってきたが、足に吸い付くようなドリブル、強烈で正確なシュートなど、鳥居の存在感はずばぬけている。

 この逸材を、東京パラリンピックを控えた日本代表チームがほっておくわけがない。鳥居は一八年秋、代表入りを要請された。

 しかし、丁重に辞退したというから驚く。

 「評価されたのはうれしいのですが…」。鳥居に迷いはなかった。「今はチームに集中したい。強くしたいんです」=文中敬称略

 

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