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【社会】

パリジェンヌの足元に「都新聞」 言論統制で中断された徳田秋声の小説がタイツ柄に

 明治から昭和初期に活躍した文豪、徳田秋声(一八七一〜一九四三年)の最後の長編小説が今年、女性用タイツの柄となり、パリジェンヌの脚元を彩る。「都新聞」(現在の東京新聞=中日新聞東京本社)で連載された「縮図」。太平洋戦争が迫り、言論統制で中断された未完の代表作だ。秋声の生誕百五十年を控え、出身地の金沢市の会社が当時の連載小説をプリントしたタイツを商品化、パリでの本格販売に乗り出す。(前口憲幸)

徳田秋声の長編小説「縮図」の新聞連載をプリントしたタイツ。風呂敷や手ぬぐいと合わせ、パリでも本格販売される=金沢市内で(篠原麻希撮影)

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 販売するのは衣類や雑貨の企画製造販売の「ロカワークショップ」。地元の友禅作家やデザイナーらと連携し、脚を装う「レッグウエア」を手掛ける。花や鶴などを和柄で表現、日本の魅力を海外発信する政府の「クールジャパン商品」の認定も受け、パリの取引先では既に十五種類ほどのタイツを販売。「縮図」をプリントした商品は、今月中旬にも現地へ発送する。

 徳田秋声記念館(金沢市)によると、秋声の晩年を支えた女性の姿を繊細、かつ大胆に描いた「縮図」は一九四一(昭和十六)年、内田巌の挿絵と共に都新聞で連載された。ただ内容が時局に合わないと内閣情報局の干渉を受けた。

徳田秋声

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 秋声は「妥協すれば作品は腑抜けになる」と自ら執筆を中止。戦争で言論の自由が圧力を受ける体制に反発し、信念を貫いた。こうした秋声の志に共感した同社代表の黒川かおるさんが、記念館やデザイナーの南知子さんらの協力を得て、商品化した。

 自然主義文学の代表的作家の秋声は、庶民の感性を重視した派手さのない作風が影響し、同市出身の泉鏡花や室生犀星ら他の文豪と比べてオリジナルグッズの展開が少ない。記念館の学芸員藪田由梨さんは、二〇二〇年は開館十五周年、二一年には生誕百五十年の節目を迎えるとして「秋声という作家の魅力を知ってもらうきっかけにしたい」と歓迎する。

 タイツは一枚五千九百円(税抜き)。色は黒や白、グレーでサイズは二種類ある。黒川さんは「はいた時、新聞の柄がスッと伸びる。生地が伸びた時も文字や挿絵がきれいに見えるように工夫した」。風呂敷や手ぬぐいも随時展開していく考えで「日本の新聞小説の味わいを伝えたい」と語る。インターネットでも販売するほか、一部商品は記念館に近いひがし茶屋街のギャラリーにも置く予定だ。

<「都新聞」と「縮図」>

 「都新聞」は明治から昭和に東京で発行され、芝居や演劇、文学に力を入れた。太平洋戦争が迫る1941年6月28日に「縮図」の連載を開始。物語は、徳田秋声の知り合いの芸者が主人公で、芸者屋を営む銀子と秋声自身と思われる均平を中心に時代風俗の変遷が描かれた。内閣情報局は重ねて修正を要求。「この非常時に花柳界を描くとは何事か。主人公は芸者ではなく、看護婦にしなさい」との申し入れもあった。秋声が帝国芸術院会員であることに配慮しつつ、時局向きに筋を変えながら連載を早く打ち切るよう圧力をかけた。秋声は妥協せず、自ら筆を絶った。最後の掲載は同年9月15日。以降、秋声は小説を書かず、最後の作品となった。秋声はその2年後に死去した。

 

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