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【社会】

匿名で本人置き去り懸念 相模原殺傷初公判

植松被告の初公判が開かれた地裁の法廷。開廷中は、中央などの一般傍聴席と、遺族らが座る右側の傍聴席の間に、ついたてが設けられた=8日、横浜市中区で(代表撮影)

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 相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で発生した殺傷事件で、八日に横浜地裁で始まった元施設職員、植松聖被告(29)の裁判員裁判は、被害者保護を目的にした秘匿制度に基づき、死傷した四十五人のうち四十四人が匿名で審理される異例の裁判となった。被害者に過度の負担を与えない制度と評価する声がある一方、「障害者を特別視する風潮を助長しかねない」との危惧も出ている。 (丸山耀平)

 「甲Aほか十八人」「乙Aほか二十三人」−。

 検察官は冒頭の起訴状朗読で、死亡した障害者は「甲」、重軽傷を負った障害者は「乙」、施設職員は「丙」と分類して記号で読み上げた。

 八十四席ある傍聴席の約三分の一は、被害者参加制度を利用して裁判に参加した家族らに割り当てられた。ただ他の傍聴席からは見えないように、高さ約二メートルのついたてで遮られた。今後の公判も同じ措置をとる。

 検察官が「甲A」と呼んだのは、初公判直前に遺族が名前を公表した十九人の犠牲者の一人、美帆さん=当時(19)=だった。

 美帆さんの母親は報道各社に寄せた手記で「裁判の時に、『甲さん』『乙さん』と呼ばれるのは嫌。娘は甲でも乙でもなく美帆です」と名前を公表し、電車やアニメソングが好きな人柄を紹介した。

 ただ、「怖い人が他にもいるといけない」と姓は明かさないことを希望。代理人弁護士は「母親は審理で『美帆さん』と呼んでほしかった。だが氏名か匿名かでの審理しか認めてもらえず、甲Aになった」と母親の葛藤を明かした。

 法廷で被害者名などを伏せて審理ができる「被害者特定事項秘匿制度」は、性犯罪などを対象事件として規定。「被害者や遺族の名誉やプライバシー、または社会生活の平穏が著しく害される恐れがある事件」も対象で、今回はこの規定が適用された。

 元東京地裁判事で早稲田大大学院の稗田(ひえだ)雅洋教授(刑事訴訟法)は、規定の導入を審議した二〇〇六年の法制審議会部会で、対象となるケースに「精神疾患の患者が被害者の殺人事件」が含まれていたと指摘する。

 「社会に障害者への偏見があり、法廷で名前が明らかになると、被害者や家族の生活の平穏が害されることがあると想定していた。被害者らのプライバシーを保護し、過度な負担を与えない配慮が必要だ」と制度の意義を訴える。

 ただ、障害者本人の意志確認が難しい場合、検察側は遺族らに意向を聞き、匿名にするかどうかの判断をしているのが実情だ。

 日弁連高齢者・障害者権利支援センター長の青木佳史弁護士(大阪弁護士会)は、匿名での審理が進むことで「被害者のためというより、遺族や家族のための裁判になってしまい、本人が置き去りになってしまう恐れがある」と話す。

 知的障害のある娘を育て、植松被告と接見してきた和光大の最首(さいしゅ)悟名誉教授は「障害者にはすごく人間の温かみを感じさせる部分がある。だが、障害者がいると大変といった今の社会の空気が当事者にも伝わり、今回の匿名の審理になっているのでは」と分析した上でこう訴える。

 「経済成長に役立たない人をお荷物として切り捨てる植松被告の考えを容認しては、社会は成り立たない。匿名で障害者が特別視される風潮が広がらぬよう、この裁判を社会の現実を知る機会にしてほしい」

 

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