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【社会】

<傍聴記>「皆さまにおわび」誰に 相模原事件・地裁初公判

 「皆さまに深くおわびします」

 初公判で植松聖被告が述べた「謝罪」の言葉は、一体誰に向けたものだったのか。「皆さま」の中には「生きる価値がない」として、自らの手で殺害した障害者はいなかったのではないか。

 横浜拘置支所での本紙記者との複数回の接見で、植松被告は表情を変えることなく、淡々とした口ぶりで「社会にとっては仕方がないこと。誰かがやらなければいけなかった」と、犯行を正当化した。「急に命を奪って申し訳ないと遺族に対しておわびする」と語ることもあったが、障害者の命を奪ったことへの真摯(しんし)な謝罪の気持ちを感じたことはなかった。

 法廷で植松被告は「謝罪」した直後、手を口に持っていくしぐさを見せ、もがき始めた。裁判は一時休廷となり、その後の審理に被告が姿を見せることはなかった。

 何をしたかったのかが分からない。ただ、まともに裁判と向き合おうとしない意思を感じた。初公判が迫る中で裁判に臨む心境を尋ねた際、「楽しみではない」と関心がなさそうに答えた様子を思い出す。

 これまでの接見では、自らが「殺人は死刑に値する」と話しながら、自分の行為を正当化するのは論理矛盾ではないかと記者が問いただすと「(被害者は)人だとは思っていない」と強弁した。障害者への強い差別思想は、事件から間もなく三年半となる今なお変わらず繰り返している。

 命の価値に軽重をつける優生思想を背景とした戦後類を見ない大量殺人事件の裁判が始まった。被告の根深い障害者に対する差別思想が変わることは期待できないのかもしれない。しかし、「楽しみではない」からといって、裁判と向き合わない姿勢は絶対に許されない。 (曽田晋太郎)

 

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