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【社会】

台風19号3カ月 被災の視覚障害者 「ひと声かけてほしかった」

台風19号が上陸した昨年10月12日に119番した通話履歴をみせる男性=川崎市中原区で

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 台風19号による豪雨被害から十二日で三カ月。今も避難生活を余儀なくされている視覚障害者の一人は「被災するまで誰からも連絡はなかった。せめて、ひと声かけてほしかった」と訴える。障害者や高齢者ら「災害弱者」のために定める自治体の個別支援計画づくりが進んでいない状況が浮き彫りになっている。 (安藤淳)

 川崎市中原区のワンルームマンションの一階に住む視覚障害者の男性(75)は、台風19号が東日本を縦断した昨年十月十二日、避難を呼び掛ける緊急メールに不安を抱きながら、躊躇(ちゅうちょ)していた。「まさか、浸水するなんて」

 午後六時半ごろ、停電してテレビが消えた。緑内障で五、六年前から光も感じなくなった男性は、恐る恐る玄関に行くと、足首まで水浸しに。「まずい」。ドアに体当たりしたが、水圧で開かない。ありったけの力を出し、やっと開くと水は膝上まで来ていた。

 急いでマンションの外階段を、手すり伝いに三階まで上がり、携帯電話であちこちに助けを求めた。しかし風雨は強く「自分のところも浸水している」と断られた。最後に一一九番したが「助けを求める人が殺到している」と言われ、消防隊員がボートで救助に来たのは午後十時前だった。

 「冷蔵庫も洗濯機もテレビも駄目になった。暖房機も買えない」と肩を落とす男性。十七歳から親元を離れて調理師として働き、独身を通してきた。二週間で市営住宅に仮入居できたが、あの時の孤独感は忘れられない。

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■どこへ逃げれば…

 二〇一三年の改正災害対策基本法で、自治体は災害時に自力での避難が難しい高齢者や障害者らを事前に把握し名簿を作成することが義務付けられた。その上で、各地域の自治会や民生委員らと協議し、支援者や避難先などの「個別支援計画」を作成することが努力義務とされた。

 しかし総務省消防庁によると、自治体で昨年六月時点で全員の個別計画を作成していたのはわずか12・1%。全く作成していないのは37・8%と計画は進んでいない。

 川崎市は、この名簿とは別に独自に「災害時要援護者避難支援制度」を設け、支援希望者が登録すれば、町内会や自主防災組織、民生委員に情報が提供され、平時から避難誘導や安否確認などをしている。

 ただ昨年九月末時点で、法に基づく名簿掲載数が市内全域で四万二千九百七十八人に対し、制度登録者はわずか五千五百五十五人。中原区は五千九百十四人に対し七百六十二人だった。

 男性は、市の登録制度も個人計画も知らなかった。「ハザードマップも見ることはできないので、どこに逃げていいかも分からない」と話す。

■ケアプランも必要

 中原区は今回の水害で、登録制度や名簿を基に要支援者への声かけや避難誘導があったかを、把握できていない。同区危機管理担当は「(災害弱者に)ピンポイントで情報を出すのは現実的に難しい。町会長会などには事前の集まりで支援をお願いしているが、町会自体が高齢化し『マンパワー的にも無理』という声も頂く。自分も被災する中、無理にお願いできない」と、制度と現実のはざまで苦悩する。

 同志社大の立木茂雄教授(福祉防災学)は「在宅での生活が可能になったことが逆に高齢者や障害者の被災リスクを高めている」と指摘。「名簿を地域に丸投げするのではなく、縦割りだった福祉と防災の連携を高め、ケアマネジャーやソーシャルワーカーなど専門職が災害時のケアプランも作成する必要がある」と訴える。

◆福島に避難者 今も116人

 台風19号で人的・建物被害が最も多かった福島県では全国で唯一、今も避難所が残る。県による十日時点の集計で、四市八カ所で百十六人が不自由な生活を余儀なくされている。

 内閣府によると、台風19号では、二十七都府県に最大八千二百三十三カ所の避難所が開設され計約二十三万七千人が避難した。

 福島県で最多の八人が犠牲になったいわき市では、体育館を利用した一カ所の避難所に三十世帯六十八人が身を寄せている。同市平下平窪の自宅が床上浸水した自営業の女性(68)は「避難所で年を越すとは思っていなかった。ようやく借り上げ住宅が見つかったが、流失した家財道具をそろえなければならず、今後の生活費が心配だ」と話した。

 共同通信の集計では、台風19号による死者は九十三人(災害関連死含む)で、行方不明者は四人。

 

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