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【社会】

相模原殺傷 地裁公判 甲Aじゃない「美帆さん」法廷に

 相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」の入所者ら四十五人が殺傷された事件で、殺人罪などに問われた元施設職員、植松聖(さとし)被告(29)の裁判員裁判の第三回公判が十五日、横浜地裁で開かれた。青沼潔裁判長は、「甲A」と匿名で審理されていた犠牲者について、遺族の要望を踏まえ今回から「美帆(みほ)さん」と呼ぶことを説明した。検察側は殺害された十九人のうち美帆さん=当時(19)=ら十二人の遺族の供述調書を朗読し、人柄や遺族の悲しみなどを明らかにした。 (土屋晴康、曽田晋太郎、志村彰太)

 青沼裁判長は公判の冒頭、美帆さんの母親の代理人弁護士から十四日に、名前での審理を求める上申書が出されたと明かした。母親は十五日、「甲とか乙ではない、名前を出すことで裁判員にも美帆という存在を知ってほしかった。名前を出せてよかった」とのコメントを、代理人弁護士を通じて出した。

 母親は八日の初公判の直前、報道各社に寄せた手記で「美帆は一生懸命生きていました。その証しを残したいと思います」と名前を公表。「怖い人がほかにもいるといけない」と姓は伏せた。家族の安全を考慮したと思われる。弁護士は母親が裁判所から受けた説明として「フルネームか匿名かでの審理しか認めてもらえず、甲Aになった」としていた。

 美帆さんの母親の調書によると、美帆さんは自閉症などで言葉を話すことはできなかったが「怒る、笑う、泣くなど表情が豊かで、その顔もかわいらしかった」という。「世界中でたった一人の私の娘。美帆から生きる希望をもらった。とにかく美帆を返してほしい。犯人を絶対に許せない。厳しく処罰してください」と訴えた。

 また、女性=当時(40)=の遺族の調書では「好きなコーヒーをねだり、飲ませてもらうと満面の笑みを浮かべていた」、別の女性=当時(65)=は「若い男性アイドルやフリルのついたレースの服が好きだった」などと、一人一人の個性や生活ぶりが語られた。

 調書の読み上げの間、植松被告はほとんど表情を変えずに座ったまま、時々視線を傍聴席の方にやったりうつむいたりしていた。

 

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