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【社会】

阪神大震災 きょう25年 薄れる記憶 どう継承

被災した当時(左側)と2019年12月の神戸市。左下は激しく炎上する長田区の住宅密集地=上左と中左は同市提供

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 一九九五年の阪神大震災で被災し、神戸市内の「借り上げ復興住宅」に入居する百一人を対象に共同通信がアンケートした結果、震災の記憶や経験が風化していると感じている人が六割に上ることが分かった。震災は十七日で発生から二十五年。時間の経過とともに教訓が忘れられるとの懸念が示され、次世代へつなげる取り組みが改めて問われそうだ。 

 一方、自身の生活が「復興していない」と答えた人が依然44%おり、震災のショックが続いていると答えた人も31%いた。二十五年たっても立ち直れていない被災者が多いことも浮かび上がった。調査は昨年十二月〜今年一月上旬、兵庫県と神戸市が管理する復興住宅で、対面での聞き取りや用紙に記入してもらう形で実施。回答者の平均年齢は七六・八歳で、半数以上は単身世帯だった。

 風化について「かなりしている」と答えた人は36%。「少し」が22%で合わせて58%となった。「あまりしていない」「全くしていない」は計36%で、「どちらとも言えない」は7%だった。

 自由回答では「友人と話していても震災が話題に上がらない」「若者が震災に興味を示していないように感じる」との意見が上がった。

 震災を知らない若者に最も伝えたいことも選択肢で尋ねた。「助け合いの素晴らしさ」が31%で最多。「次の災害への備え」が13%、「命の大切さ」が11%と続いた。

 被災地が復興したと言えるかどうかについては「ほぼ」を含め「復興した」が74%で、五年前に実施した同様の調査と比べ8ポイント上昇。自身の生活が「復興した」との回答は、2ポイント増の43%にとどまった。

◆猛火の長田区 下町再開発「活気失った」

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 阪神大震災で大規模火災が発生し、多くの建物が焼失した神戸市長田区は巨額の再開発を経て、木造の古い街並みがビルやマンションに置き換わった。便利で住みやすいとの評価がある一方で「活気と下町情緒が失われた」と嘆く商店主もいる。復興事業の評価は分かれている。

 長田区はかつて木造住宅や商店、ケミカルシューズ工場が立ち並んだ。神戸・三宮の繁華街に対して「西の副都心」と呼ばれたほど。だが、住宅密集地だったことも要因となり、火災が甚大な被害をもたらした。

 神戸市は直後から、JR新長田駅南側で二千七百億円規模の再開発事業を計画。商業ビルや中高層マンションの建設が進んだ。

 「街並みはきれいで買い物も便利。住みやすく変わった」と喜ぶのは震災前からの住民稲岡淳美さん(83)。老舗が軒を連ねた「大正筋商店街」は〇四年に全長約三百メートル、道の両脇に二階建ての低層ビルが延びるアーケード街になった。

 しかし、空き店舗が目立つ。かつて約百軒あった商店のうち、再開発後に戻ったのは四割程度。茶販売店「味萬」の伊東正和さん(71)は「建物完成までに時間がかかり、人が戻らなかった」と指摘する。

 

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