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【社会】

<東京2020 祝祭の風景> 第2部 届かぬ声(1) 五輪建設特需、技能実習生の明暗

国立競技場の建設に携わったベトナム人技能実習生グェン・チョン・タンさん=東京都新宿区で(中西祥子撮影)

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 さんぜんと輝く新スタジアム前は、カメラを持った観光客でにぎやかだ。国立競技場(東京都新宿区)を訪れたグェン・チョン・タンさん(24)は「私も屋根を支える柱を塗りました。自慢です」と目尻を下げた。

 最長五年間働ける「技能実習生」として来日したベトナム人。競技場の現場で二年半、塗装をした。月給は手取り二十万円。公務員平均が三万円の母国では大金だ。仕送りで実家を建て替える。「もっと仕事を覚え、日本で働きたい」とはにかむ。

 ただ実習先の「佐藤建装」(埼玉県川口市)の佐藤和弥社長(65)はつぶやく。「タンは運が良かった。五輪事業を請け負う会社はしっかりしているが、他は必ずしも…」

 別の会社に雇用された実習生や元実習生らは、取材に声を上げた。

 「私は奴隷だった。休みは月一日。朝八時から深夜まで働かせられて、月の手取りは二万〜八万円。来日前は十三万円と聞いたのに。仲介業者に支払った百四十万円の借金を返せず、死にたかった」(ソン・フィ・ロンさん、二十四歳)

 「塗装資格で来日したのに危険なとびをやらされ、けがや病気でも休ませてもらえなかった。実習先を逃げ出し、弁当工場で働いている」(北関東在住の男性、二十二歳)

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 在日ベトナム人を支援する寺院「日新窟(にっしんくつ)」が、東京都港区にある。ここ数年、月に一度のペースでベトナム人の葬儀がある。病死や自殺をした実習生や留学生だ。納められた位牌(いはい)は百二十柱を超える。

 外国人実習生は二〇一三年末に十六万人だったが、五年間で三十三万人に倍増。ベトナム人は最多の十六万人を占める。五輪需要を見込んだ政府が、建設業など二分野に限り、実習修了後も二〜三年働くことができる制度を導入。受け入れに拍車がかかった。

 昨年、新たに「特定技能」の資格ができ、その対象が介護や農業など十四分野に広がった。深刻な人手不足を打開するため、五輪は規制緩和の絶好の機会になったといえる。

 一方、制度は問題だらけ。借金を抱えさせて来日させるブローカー。低賃金で過重労働を強いる企業…。日新窟の僧侶吉水慈豊(じほう)さん(50)は「ベトナムでは日本の悪評が広がり、敬遠され始めている。次は別の国の若者を犠牲にするのだろうか」と憂う。

 ◇

 昨年暮れ、遺骨を抱えたベトナム人女性が日新窟を訪れた。グェン・ティ・トアさん(31)。群馬県の建設会社に単身赴任中の夫トウックさん(35)を亡くし、急きょ、二人の子をベトナムに残して来日した。

 夫は自宅の布団で動かなくなっていた。解剖所見では、死因不詳。時々、電話でため息をついていたという。「朝四時から夜七時まで働いて大変だ」

 亡くなる二日前。「あしたも仕事でしょ。早く寝て」「分かった」。それが最後の会話だった。

 供養を終えたトアさんが突然泣きだした。「火葬の時、会社の人が誰も来なかった。日本の方々は、人の気持ちも分からないのでしょうか」 (原田遼)

 ◇ 

 震災復興、多様性と調和、未来へのレガシー(遺産)…。美しい理想の下、東京五輪・パラリンピックは準備が進む。しかし、急速な少子高齢化や相次ぐ災害など、重い課題は置き去りにされたままだ。社会のすき間で助けを求めながら、喧騒(けんそう)にかき消されている声に耳を澄ませたい。

夫の遺影に手を合わせるグェン・ティ・トアさん=東京都港区の日新窟で(原田遼撮影)

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