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【社会】

<東京2020 祝祭の風景> 第2部 届かぬ声(2) 台風被害の旅館「復興も考えて」

台風19号で被災した「鶴屋旅館」の女将湯川恵美子さん(右)と父斉さん。左後方が、五輪の自転車コースとなる国道413号=いずれも相模原市緑区で

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 外はあの日のように雨だが、トラックやオートバイはひっきりなしに道路を横切っていく。

 「思ったより早く元の光景に戻った。五輪の力なのでしょうか」

 相模原市緑区青根にある「鶴屋旅館」。女将(おかみ)の湯川恵美子さん(50)は今月初め、がらんとした食堂から数十メートル先の国道413号を見つめた。

 昨年十月、市内を台風19号が襲った。土砂崩れや浸水が相次ぎ、死者は八人。413号は二カ所が山肌ごと崩れ落ち、青根から東京方面への約六キロが通行止めになった。

 周辺住民にとって不幸中の幸いだったのは、413号が東京五輪の自転車コースだったことだ。本来市が管理する道路だが、難所の工事を国が代行し、昨年暮れの仮開通にこぎつけた。

 しかし恵美子さんの顔は暗い。「旅館を開けないんじゃね」。昭和元年創業の鶴屋旅館も大きな被害を受けたからだ。

 裏手にある隣人の畑が地滑りを起こし、エアコンの室外機や配管が壊れた。土地の境界に築いていた石垣もひび割れ、いつ崩壊してもおかしくない。

 旅館の設備を直すのに二千万円。石垣の補修にはさらに数千万円がかかる。経営者の父斉(ひとし)さん(86)は「もう旅館を閉めようか」と打ちひしがれた。恵美子さんは「九十年以上続いた旅館をたたむのは切ない」と踏ん切りがつかない。

 周辺のキャンプ場や釣り場も被災した。旅館を再建して、お客さんが戻ってくるか。恵美子さんは「五輪といっても自転車が一瞬通るだけでしょう。市には復旧だけでなく、復興まで考えてお金を使ってほしいけど、下々の悩みまではね」とため息をつく。

 413号は一昨年秋にもほぼ同じ区間が台風で被害を受け、開通まで半年を要した。青根地域振興協議会の関戸正文会長(70)は、補修された地点を運転しながら嘆く。「これだけ曲がりくねっているので、昔から土砂崩れはあっちもこっちもなんです。ずっと土砂崩れの不安を持っていた」

 住民らは旧津久井町時代から大規模な改良を要望してきたが、整備は一部にとどまっている。「今回は未整備箇所がもろにやられた」と悔やむ。

 全国では近年、大地震や水害が相次ぐ。被災した熊本県や広島県は、長期的なインフラ整備を盛り込んだ復旧・復興計画を策定している。しかし神奈川県は今回、「被害は局地的だったので、復旧・復興計画を作るまでには至らない」(災害対策課)。

 相模原市が五輪に続いて力を入れるのは中心部の再開発だ。二〇二七年開業のリニア中央新幹線の新駅ができるため、道路や商業施設の整備が進む。

 413号を案内してくれた関戸さんが、車を止めた。「この辺りのスギは伸び放題で地盤が弱い。次の台風でまた崩れてもおかしくない。五輪や再開発もいいけど、防災を忘れては…」。深いしわを眉間に寄せ、風で大きく揺れる木々を見つめた。 (原田遼)

台風19号による土砂崩れで、復旧工事が行われた国道413号=昨年12月12日、本社ヘリ「おおづる」から

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