東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社会 > 紙面から > 1月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【社会】

相模原殺傷公判 「犯行、夏終わったら」 友人複数に予告

 相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で二〇一六年七月、入所者ら四十五人が殺傷された事件で、殺人罪などに問われた元施設職員、植松聖(さとし)被告(30)の裁判員裁判の第六回公判が二十日、横浜地裁(青沼潔裁判長)で開かれた。弁護側は被告が同年二月ごろ、複数の友人らに「夏が終わったらやる」などと犯行を予告するとともに、障害者への差別思想を繰り返し語っていたことを明らかにした。

 弁護側は、被告の幼なじみや高校時代の元交際相手、大学時代の友人ら、かつての被告を知る計十人の供述調書を朗読した。

 このうちの一人は、被告がやまゆり園で働き始めて約二年半がたった一五年六月ごろ、突然「意思疎通のとれない障害者は生きている資格がない」と話すのを聞いた。一六年二月までには、ほかの五人も被告が「重複障害者は生きている意味がない」「園の障害者を殺す」と話すのを聞いた。

 友人らが「理解できない」と反論すると、被告は「なんで否定ばっかりするんだよ」「仲の良い人には自分のことを理解してほしいんだよ」などと、繰り返し賛同を求めたという。「重複障害者にかかる税金を節約すれば、世界から戦争がなくなる」とも話していた。

 一方、友人らは高校時代までの被告について「まじめで優しかった」と口をそろえた。大学で後輩だった女性の供述調書によると、同園で働き始めて間もないころは「今の仕事は自分にとって天職だ」と語り、別の友人にも「仕事をやっていて楽しい」「障害者はかわいい」と話していたという。

 ただ、別の大学時代の友人の供述調書によると、植松被告は大学在学中、危険ドラッグをほぼ毎日使用していた。その後、「脱法ハーブは体に悪い」と言って大麻を使うようになり、「一五年ごろは、たばこを吸うように大麻を使っていた」と使用頻度が高かったことを明かした。

 この日の植松被告は、青色のスエットに黒いズボンを着用して出廷。初公判で右手の小指をかみ切ろうとしたため第二回公判から自傷行為を防ぐ目的で両手にしていた厚手の白い手袋はしておらず、右手の小指に包帯が巻かれていた。

 元交際相手の供述調書が読まれた際は「プハハ」と声をあげて笑う場面もあった。自分の考えが受け入れられず、友人たちが距離を置いていく場面が読まれると、顔をこわばらせていた。 (土屋晴康)

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報