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【社会】

ハンセン病 60年根っこの差別変わっていない 通学妨害事件知る2人訴え 映画化した監督×当時の在校生

「黒髪校事件」を振り返る三浦俊一さん(左)と中山節夫監督=23日、東京都渋谷区で

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 東京都内で開かれている「ハンセン病映画祭」で、熊本市の小学校で起きた差別事件を取り上げた映画「あつい壁」が上映されることがきっかけで、当時の小学校に通っていた男性と監督が顔を合わせた。「社会の差別意識は変わっていない」と二人は共鳴し、映画祭が問題を考えるきっかけになることを期待している。二十六日は差別根絶を呼び掛ける「世界ハンセン病の日」。 (井上靖史)

 映画の題材となったのは熊本市の黒髪(くろかみ)小学校で一九五四年に起きた「黒髪校事件」。国立ハンセン病療養所「菊池恵楓(けいふう)園」(熊本県合志市)の入所者の子どもで、熊本市内の寮で生活していた新一年生たちが「健康で感染の恐れなし」と確認されて同小へ通うことになったが、PTAの一部が通学を妨害し、自分の子どもを休ませるなどの抗議行動を起こした。

 対立は一年続き、寮の児童たちは全国各地の施設へ引き取られ、寮も廃止された。

 一年生の一人だった三浦俊一さん(72)=大阪市在住=は、分裂した地域の雰囲気を「子ども心にも怖かった」と振り返る。三浦さんは親の意向で通学したが、他に登校初日に教室にいたのは、教員やキリスト教徒の子どもなど三人だけ。通学しなかった友人からは下校中に石を投げられた。

 七〇年に製作された「あつい壁」は事件の実話を基に、ハンセン病の親や寮の児童の悲劇を描き、病気への偏見と差別を告発した。中山節夫監督(82)は当時高校生で、菊池恵楓園近くに自宅があり、ハンセン病に関心があった。作品がハンセン病映画祭で上映されると知った三浦さんが、鑑賞を主催団体に申し込んだ際に生い立ちに触れ、対面につながった。

 二時間にわたり当時の様子を話した二人は「学校の問題で対立した人同士の亀裂は、その後も残り続けていた」と溝の深さをしみじみと実感していた。

 三浦さんの姉(87)はハンセン病関連施設の検査技師をしており、一緒に働いた看護師ともども縁談が破談になった。「患者や家族以外も差別を受けた実態を知ってほしい」と願う。中山監督も「自分が同じ差別される立場だったらと、多くの人に考えてほしい」と話している。

 ハンセン病映画祭は「笹川保健財団」(東京)の主催で、ハンセン病をテーマにした映画四本を都内各地で上映する。初回は今月二十三日に行われ、今後は二月二十一、二十三、二十四日、三月二十九日にあり、「あつい壁」は三月二十九日午後一時半から、東京都港区赤坂一の日本財団ビルで上映。無料で、申し込みが必要。映画祭事務局=電080(6687)4118=へ。

映画「あつい壁」の一場面から=(c)ハンセン病映画祭

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