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【社会】

<東京2020 祝祭の風景> 第3部 義足の可能性(1) 最速ボルト 超えるのか

昨年11月のパラ陸上世界選手権で100メートル予選に出場した両脚義足のヨハネス・フロアス(左)=ドバイで(日本パラ陸上競技連盟提供)

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 五十メートル付近からぐんぐん加速し、他の選手を引き離していく。生身の脚より弱いとされるスタートダッシュでも後れを取らず、バネの弾みを使いこなし、観衆もどよめく速さでゴールに飛び込んだ。

 昨年十一月、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイであったパラ陸上の世界選手権。男子百メートル予選で、両脚義足のヨハネス・フロアス(24)=ドイツ=は片脚が残る選手も上回り、10秒54の義足での世界新記録を樹立した。

 人類最速の義足ランナーとなったフロアス。決勝も好記録で優勝を決めた後、「9秒台はいける?」と問われ、笑みを浮かべて答えた。「これが限界とは思わない。どこまでいけるかは分からないけれどね」

 競技用義足は、くの字形の細長い板で作られ、「板バネ」と呼ばれる。硬くて反発力のある炭素繊維製が主流だ。その歴史は浅い。

 生体力学が専門の産業技術総合研究所主任研究員の保原(ほばら)浩明(39)によると、義足の素材はプラスチックやガラス繊維などを経て、一九八四年ごろに炭素繊維が登場。九二年ごろ、短距離に不要な「かかと」を落とした現在の形に至った。

 義足の進化はランナーの記録を急速に縮めた。保原はパラリンピックと五輪の男子百メートル優勝記録の推移を調べた。初めて義足ランナーがパラに登場した七六年、五輪記録との差は4秒以上あった。それが二〇一二年には1秒27に縮まった。現在の世界記録で比べれば、ウサイン・ボルト(ジャマイカ)が持つ9秒58との差は1秒未満だ。

 義足は人間の脚を超えるのか。多くの人に問いかけたのは、義足選手として史上初めて五輪に出場したオスカー・ピストリウス(南アフリカ)だろう。

 健常者と同じレースへの出場を望み「義足の助力は優位で不公平」と主張する世界陸連と争い、〇八年、スポーツ仲裁裁判所の裁定で認められた。一二年ロンドン五輪に出場し、男子四百メートルで準決勝まで進んだ。

 裁判では、米国のマサチューセッツ工科大(MIT)が義足の優位性の検証に関わった。当時、そこで研究をしていた義足エンジニアの遠藤謙(41)は、周囲から「障害者が頑張っているから」と出場を望む声を多く聞いた。

 だがその後、片脚義足のマルクス・レーム(31)=ドイツ=が走り幅跳びで五輪のメダルに届くような記録を出すと一転、「技術ドーピングだ」と世論が変わったのを感じた。

 「眼鏡のように、テクノロジーを使って誰かを超える現象は今に始まっていないのに」

「ギソクの図書館」でサイボーグ製の義足を手にする遠藤謙=東京都江東区で(神谷円香撮影)

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 遠藤は帰国後の一四年、競技用義足を開発するベンチャー企業「サイボーグ」(東京)を立ち上げた。

 掲げる夢は、陸上の花形種目の百メートルで、義足が健常者の記録を超えること。「受け入れざるを得ない現実が起きて、やがてなじむ。それが障害者と健常者のギャップをなくすきっかけになる」と信じる。買うには高価な義足を貸し出す「ギソクの図書館」を会社に併設し、義足に気軽に触れられる機会もつくっている。

 陸上で五輪三大会に出場した為末大(41)は遠藤に共感し、サイボーグの活動を共にする。「今は健常者のスポーツに近い」と考えるパラスポーツが、将来は「健常者が追いつかない世界にいく」と予測する。

 「胸が高まるのは最初に(パラアスリートが)勝つ時まで。今は人類史で、人の心が揺さぶられる、特殊なほんの十年。後になって面白い時代だったねと言われている気がする」

 テクノロジーはきっと、障害の概念を変えていく。 =敬称略

  ◇ 

 「失ったものを数えるな。残された機能を最大限に生かせ」。パラリンピックの父、グトマン博士が残した言葉だ。いま、人間の持つ能力を超越するような革新が、義足の世界で起きている。「障害」とは何か。パラスポーツの現場で考えた。 (この連載は神谷円香が担当します)

 

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