東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社会 > 紙面から > 1月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【社会】

徳勝龍 初賜杯 「自分なんかが優勝していいんでしょうか」

初優勝を果たし、八角理事長(右)から賜杯を受け取る徳勝龍=26日、両国国技館で

写真

 大相撲初場所で、幕内で最も番付が下位の「幕尻」の西前頭十七枚目、徳勝龍が初優勝を果たした。賜杯争いの渦中でも泰然自若を貫いたが、実はちゃめっ気たっぷり。喜びの涙を見せながらも、「自分なんかが優勝していいんでしょうか」と笑わせた。 (永井響太)

 場所中の支度部屋。賜杯への意識を「全然ない」と繰り返した。しかし、優勝インタビューで「うそです。めっちゃ意識してました」。自宅の風呂場で練習したというインタビューで、奈良市出身の関西人らしく館内を笑いで沸かせた。

 父の影響で三歳から柔道を始めた。母えみ子さん(57)によれば「わんぱくでやんちゃ。教科書を家に持って帰ってきたことがなかった」。小学四年から相撲、二年から六年までは軟式野球で四番で捕手を務めた。

 父がプロ野球阪神のファンクラブに入っていたこともあり虎党だった。同じ近畿大出身で、阪神の藤井彰人一軍バッテリーコーチと酒を酌み交わしたこともあり、「うれしかった。また野球をやりたくなった」。無邪気に笑う姿は野球少年そのものだった。

 根は真面目な、三十三歳のベテラン。「二十代は飲んでも次の日は大丈夫だった。三十代で残るようになった」。外で酒を飲むことも少なくなった。体を気遣ってほぼ毎日整骨院に通い、ストレッチに時間を割く。トレーナーを付けて肉体改造に励んだ結果の賜杯獲得だった。

 元横綱稀勢の里の荒磯親方や大関豪栄道らと同じ一九八六年度生まれ。遅れてきた「黄金世代」が、ついに大輪の花を咲かせた。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報