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【社会】

園での勤務経験が影響か 相模原殺傷公判 植松被告が主張

 相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」の殺傷事件で、元職員植松聖(さとし)被告(30)の裁判員裁判の第九回公判は二十七日、横浜地裁(青沼潔裁判長)で前回に続き被告人質問が行われた。植松被告は障害者への差別的な考えを持つようになった経緯について、園で働く中で他の職員が入所者に命令口調で話すのを見たり、暴力を振るっていると耳にしたりしたことなどを挙げた。 

 被告は前回、二〇一二年十二月に園で働き始め「こんな世界があるのかと驚いた」と話した。二十七日の公判で検察側が「何に驚いたか」と尋ねると、「入浴のとき、大の大人が裸で走っていた。(職員の入所者への)口調は命令口調で、食事は流動食を流し込んでいた」と話した。

 入所者への職員の暴力に関するうわさについては「はじめは良くないと思ったが(職員に)『二、三年やれば分かるよ』と言われた」と述べた。自らも、食事を食べない入所者に「しつけと思い、鼻先を小突いた」とし、やがて「重度障害者はいらない」との考えになったと語った。

 事件の五カ月前の一六年二月に障害者の殺害を予告する手紙を衆院議長公邸に持参したのは「すごく良いアイデアと思ったので伝えたかった」と説明。その後措置入院となったことで「それが(国の)反応だ」と思い、自分で殺害しようと決意したという。

 被告は意思疎通できない入所者を選んで襲ったとされる。検察側から意思疎通できないと判断した根拠を問われ、「部屋の様子や雰囲気。部屋に何もない人は自分の考えを伝えられない人だと思った」と答えた。拘束された職員から「心はあるんだよ」と言われても、「人の心とは言えない」と犯行を続けた。

 一方、職員の拘束に失敗し、通報を恐れて逃走を決意した後は無差別に襲ったことも新たに認めた。「(確認の)時間が足りなかった」「(殺害した)人数が少ないと思った」と話した。

 検察側に先立つ弁護側の質問では、裁判で言いたいことを聞かれ「匿名裁判というのが、重度障害者の問題を浮き彫りにしている。(重度障害者は)人の時間と金を奪っている」と主張した。 (丸山耀平)

◆「暴力はない」発言を疑問視 やまゆり園長

 やまゆり園の入倉かおる園長(62)は閉廷後、本紙の取材に「暴力はない。流動食などの食事形態は医師の指示を受け、家族とも相談して決めている」と、被告の法廷での説明を否定した。「五年も前のことを覚えていて事実を語っているのだろうか」と発言内容を疑問視し、「職員たちが(利用者を)大切に思い、一生懸命支援に取り組んでいたのに、被告はついていけなかったのではないか」と話した。 (北爪三記)

<傍聴記>犯行、一方的思い込み

 「施設に障害者を預けているのは、家族の負担になっている証拠」

 この日の法廷で植松被告は「重度障害者を殺害した方がいい」と考えた経緯を語る中で、あたかも家族の心情を理解しているかのような発言を繰り返した。

 園の利用者の家族をどう思ったか問われた際、入所者の家族は「お気楽でした」と述べた。一方、普段は家庭で暮らし、一時的に利用する人の家族は「重い雰囲気でした」と表現した。

 被告は二十四日の最初の被告人質問でも「奇声を上げる障害者は家で育てられない」と話した。ただ、通所利用者の家族と話したかを尋ねられると「言える空気じゃありません」と述べ、話し合ったことはないことを認めた。

 記者が以前に接見した際、被告は小中学校の同級生だった障害者のことに触れ、「毎日送り迎えをしている母親がしんどそうだった」と母親をおもんぱかるように見せた。しかし、実際に母親に心情を聞いたりしたとは思えない。

 二日間の被告人質問で浮かび上がったのは、障害者とも家族とも意思疎通の努力をせず、勝手な思い込みで犯行に及んだ独りよがりな姿だ。

 「重度の障害のある人の生活を、きちんと見てほしい」。事件で重傷を負った尾野一矢さん(46)の父剛志(たかし)さん(76)が閉廷後に語った言葉が、胸に残った。 (曽田晋太郎)

 

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