東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社会 > 紙面から > 1月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【社会】

<東京2020 祝祭の風景> 第3部 義足の可能性(3)パラ選手、脳の働き脚光

走り高跳びの練習をする右脚義足の鈴木徹。踏み切るのは左足=高松市で

写真

 「つま先」が欲しかったという。右脚が義足で、六大会連続となる東京パラリンピック代表に内定した陸上男子走り高跳びの鈴木徹(39)は昨年、義足の先端を足の指の分だけ三センチ長くした。

 競技を始めて十九年で初めて形を変え、より人間の足に近い感覚を求めた。踏み切る方の足でないにもかかわらずだ。

 義足であっても、つま先まで神経が通っているかのように感覚を研ぎ澄ますパラアスリート。彼らの脳は体を動かすのに、通常の範囲を超えた領域を使っているらしい。「パラリンピックブレイン」と名付け数年前から進む東京大の研究が今、注目を集めている。

(上)切断した右脚を動かした時の鈴木徹の脳の活動領域(赤)。左脳だけでなく右脳にも広がっている(下)左脚を動かした時の鈴木の脳の活動領域(赤)。右脳のみが活動している=(C)2019東大中沢研究室

写真

 「パラアスリートは、損傷後の脳や身体組織の回復可能性を示す最高のモデルになる」

 研究に取り組む中沢公孝教授(57)は期待する。国立障害者リハビリテーションセンターに十八年勤め、リハビリには高いモチベーションが重要と感じていた。その良い例がパラアスリート。「限界までトレーニングをしたら、人間はどこまで変われるのだろう」と興味を抱いた。

 脳には体の動きをつかさどる運動野がある。体の右側は左脳、左側は右脳に、それぞれ手足などを操る部分が規則的に並ぶ。手を失うと、手の運動野が足を操るといった変化が起きる「再編」の性質が一般にあるが、パラアスリートではさらに驚く変化があった。

 鈴木の脳を磁気共鳴画像装置(MRI)で調べたところ、切断した右脚を動かした時、左脳だけでなく右脳も同時に使っていた。他の片脚切断のアスリートも同様。反対側の脳にも活動領域が広がる現象は一般の切断者にはなく、パラアスリートだけに見られた。

 理論的には、脳の活動領域の広がりと体のパフォーマンスの向上は相関する。中沢は、目標に向かい高いモチベーションで継続してトレーニングするパラアスリートは、脳の働きが一層高まっているとみる。

中沢公孝教授

写真

 下半身に障害のある選手があおむけになり、上半身の力だけでバーベルを挙げるパラパワーリフティングの世界記録は三百十キロ。同様の方法で挙げる健常者のベンチプレスの記録を上回っている。本来なら、足の踏ん張りがきく健常者の方が有利なはずだ。中沢がこの謎を解くため障害者施設で調べると、脊髄損傷で下半身が全く動かない人は、手に一定の力を入れながら物を握る能力がなぜか健常者よりも高かった。

 脳と体の関係は未解明な部分が多い。パラアスリートの例がどこまでリハビリに応用できるかは分からないが、可能性を秘めた領域であるのは確かだ。

 理学療法士である中沢研究室の中西智也(29)は、病院勤務を経て研究の道へと転じた。パラリンピックブレインから得られた知見は、障害者を取り巻く環境も変えうると期待する。

 「何かが失われたという負の印象でなく、残った場所は進化するというプラス面に注目すれば、障害者も希望を持てるし、社会のイメージも変わる」 =敬称略

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報