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【社会】

沖縄の心 模型で再び 静岡のメーカー 首里城製作キット

完成した首里城正殿の150分の1模型を前に、開発の苦労について語る社長の常木則男さん(左)と設計担当の増田好彦さん=静岡市駿河区で

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 失われた沖縄の心を木のぬくもりで再現したい−。首里城(那覇市)の焼失から三十一日で三カ月。木製模型メーカー、ウッディジョー(静岡市駿河区)は百五十分の一サイズで精密に正殿を再現できる模型キットを完成させた。着手から足かけ十一年。焼失を受けて販売の断念も考えたが、常木則男社長(79)の背中を押したのは、沖縄出身者の一言だった。 (五十幡将之)

 模型キットの開発を始めたのは十一年前。現地で設計図を手に入れたが、すぐに行き詰まった。立ちはだかったのは、中国の宮廷様式と日本の築城文化が融合した「グスク」と呼ばれる沖縄独特の建築様式。設計図では柱や外壁の構造が分からず、何度も試作をしたが、本物の存在感を再現することができないまま計画はお蔵入りになっていた。

 そんな中で発生した昨年十月三十一日の火災。翌朝の新聞で目にとまったのは、燃え盛る炎に包まれた柱の姿だった。「日本の城の常識で、外壁は漆喰(しっくい)などで造られた強固な壁だと思い込んでいたが、木で造られた柱と扉の構造だった」。思いがけずヒントを得たものの、「便乗商法」との言葉が頭をよぎった。

 考えを改めたのは、数日後。沖縄出身の親戚から「首里城は県民が子どものころから見てきたみんなの心なんです。なんとか作ってもらえないか」と涙ながらに頼まれた。

 こだわったのは、再現度と組み立てやすさ。正殿の正面を彩る扉のパーツは、格子の幅が〇・五ミリという細かさ。設計を担当した増田好彦さん(65)は「外壁から半分のぞく柱も、壁に半割の柱を貼ろうとしたら社長から円柱を使うように指示された。これまでにない存在感です」と話す。

 常木さんは「キットを通じて模型も首里城も国民みんなでつくっていこうという機運醸成につなげたい」と語り、再建に向けた寄付企画や完成品の寄贈も考えている。

 模型は幅三十九センチ、奥行き二十五センチ、高さ一五・五センチ。三月に発売を予定する。製作参考時間は約五十時間。価格は未定。問い合わせはウッディジョー=電054(283)8382=へ。

◆世界遺産の遺構「火災の影響軽微」 文化庁、ユネスコに報告

 文化庁は三十一日、世界文化遺産・首里城の火災による被害状況を国連教育科学文化機関(ユネスコ)に報告したと発表した。全焼した正殿の地下の遺構表面に二カ所の損傷を確認したが、面積は全体の〇・〇五%とわずかなため「世界遺産の価値に与える影響は軽微」としている。報告は二十九日付。

 首里城は、石造りの基礎部分や柱穴、溝など地下の遺構部分が「琉球王国のグスクおよび関連遺産群」の一つとして世界遺産に登録された。一九九二年以降に復元された建物は、世界遺産の構成資産ではない。火災を受け、ユネスコが被害状況の報告を求めていた。

 報告では、地下遺構の大部分は盛り土で覆い保護しているため「火災の影響はない」とした。損傷した二カ所は観光や研究目的で盛り土をせず、一部はガラス張りの正殿床から来訪者が見学できるようになっていた。火災でもろくなっているといい、同庁が引き続き詳しく調べている。

 焼失した正殿や北殿などの復元建物については、再建時の資料が残っているため「復旧可能」とユネスコに伝達。世界遺産の価値を分かりやすく伝える施設であり、三月末までに復元の工程表策定を目指すとしている。

火災で焼失した首里城の正殿=2019年11月

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