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【社会】

「ミニカー愛」でやる気アップ! 語学身につけ、慶大AO入試突破 トミカ50周年物語

横浜市内の自宅でミニカーやモデルカーのコレクションに囲まれる加藤博人さん

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 手のひらサイズのミニカーとして愛されてきたトミカが発売50周年を迎えた。車好きの子どもに与えた影響は大きく、「トミカを買ってあげる」の一言を活力に、慶応大学に合格するまで学力を伸ばした少年もいる。半世紀にわたるロングセラーの秘けつとは。

トミカの魅力について語る加藤博人さん

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 横浜市緑区の大学生加藤博人さん(19)はミニカー業界で名をはせるコレクターだ。自宅を埋め尽くすコレクションは五千台超。トミカの魅力を「見た目の再現性が高いだけでなく、ドアやサスペンションなどの動く仕掛けも備えている。それでいてリーズナブルな四百五十円で売られているのがすごい」と語る。

 自動車ライターをしている母久美子さん(55)の影響でミニカーの世界にのめり込んだ。いつもお気に入りの一台を持ち歩き、六歳の時には、目隠ししても、手で触るだけで車種を当てられる少年としてテレビで取り上げられたことも。

コレクションの経緯について語る加藤博人さん(左)の母・久美子さん

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◆海外のHP読みたくて英語を勉強、5歳で英検2級合格

 ミニカーへの興味は次第に本物の自動車に向いた。海外メーカーのホームページが読みたいからと英語やドイツ語に取り組み、五歳で高校卒業レベルの英検2級に合格。さらに、「検定に合格したら好きな一台を買っていいよ」という母の一言にやる気を出し、漢字検定や数学検定、ニュース時事能力検定、日本語検定などの資格試験に挑戦。取得した合格証、認定証は九十枚以上にのぼる。

部屋を埋め尽くす5000台のコレクション

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 語学力や車の知識の豊富さなどが認められ、慶大にAO入試で合格。現在は環境情報学部の一年生で、交通ルールの歴史などを学んでいる。

 車に関わる職業に憧れ、最近は自動車メディアの仕事に興味が湧いてきた。「中国の自動車産業は成長が著しい。そんな現状を世界に発信したい」。夢をかなえるために、さらにギアを上げていく。

◆開発の原点「国産車のミニカーを」

 トミカの誕生は一九七〇年。当時デパートでは外国製ミニカーが売れていた。玩具大手タカラトミー(葛飾区)の前身のトミーが「子どもたちに国産車のミニカーを」と開発を始め、第一弾でクラウンやブルーバードなど六種類を発売。車らしい重量感に、ドアなどの可動部分も備え、現在の五十五歳前後にあたる子どもたちをとりこにした。

1970年に発売された第1弾の6車種(タカラトミー提供)

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 トミカは実際に街を走っている車をモデルに作られてきた。そのため歴代の車両を眺めると、スーパーカーブームから電気自動車(EV)の登場まで、時代を反映してきたのが分かる。自動車のトレンドを絶えず取り入れてきたことがロングセラーにつながっている。

1977年 スーパーカーブームに合わせて発売されたランボルギーニカウンタック(タカラトミー提供)

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 時代の変化に柔軟でありながら、子どもの手のひらサイズを意識したスケールは変わらぬまま。実際の車両の大きさに関わらず、どんな車種も横幅七十八ミリの箱に収まるようにデザインがアレンジされている。トミカ開発課の遠藤勇希さん(48)は「近年は凝ったデザインの自動車が増えたので、トミカも細かい作り込みが増した」と明かす。

1998年 ハイブリッドカーのトヨタプリウス(タカラトミー提供)

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 発売以来の累計販売台数は六億七千万台を突破。二秒に一台が売れてきた計算になる。タカラトミーの富山(とみやま)幹太郎会長(66)は「ボールの転がり方を教えてくれたのは立体的なおもちゃだった。スマホやタブレットの時代だが、触って楽しめるおもちゃを残していきたい」と語った。

2017年 電気自動車の日産リーフ(タカラトミー提供)

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 文・加藤健太/写真・隈崎稔樹

 

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