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【社会】

亡き恩師へ届けサンバ 都内のチーム 3年連続リオへ

生前のトランビッキさん(左)と宮沢さん=2014年11月、リオデジャネイロ市ヴィラ・イザベル地区で(宮沢さん提供)

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 世界最大の祭りとされるブラジル・リオデジャネイロのサンバカーニバルが二十一日に開幕する。日本から唯一、公式プログラムに出場するのが、東京都を拠点に活動するサンバチーム「ケール・スウィンガール・ヴェン・プラ・カ」。チームの名付け親で、四年前に死去したブラジル人演奏家への感謝を込めたオリジナル曲を演奏する。 (高山晶一)

 チーム名は「スウィングしたけりゃ、こっちにおいで」という意味のポルトガル語。若い世代が中心のバテリア(打楽器隊)メンバー約三十人が、全国各地のイベントやテレビ、ラジオ番組に出演している。

 代表は打楽器奏者の宮沢摩周(ましゅう)さん(49)。浅草サンバカーニバルに出場する別チームの講師も務めている。宮沢さんは、日本とブラジルを行き来しながら演奏経験を積み、二〇〇五年から著名なサンバ作曲家で演奏家のメストリ・トランビッキさんに師事した。トランビッキさんは貧しい人たちが多く住むリオ市内の街で、サンバを通じて子どもたちを健全に育てる活動に長年取り組み、地元の人たちから慕われていた。

 宮沢さんは、基礎を徹底的に大切にする師の教えを日本で実践しようと、一二年五月にケール・スウィンガールを設立。チーム名を授けたトランビッキさんと「いつか日本のメンバーでリオを訪れ、一緒にパレードしよう」と約束した。

 トランビッキさんは一六年二月、病気のため七十歳で死去。リオ在住の弟子らの間で「師への思いを、日本のメンバーと一緒にカーニバルで表現しよう」との声が高まった。宮沢さんも約束を果たそうと、メンバーを率いて一八年、一九年と続けて渡伯した。

 リオのカーニバルは期間中、トップチームが専用競技場で順位を競うパレード以外に、およそ五百団体が市内各地で路上パレードを繰り広げる。ケール・スウィンガールはカーニバル史上初めて出場登録された日本人チームで、トランビッキさんの地元ヴィラ・イザベル地区で演奏してきた。

 三年目となる今年は、メンバー約二十人が渡伯。現地の弟子らを含めた五十人弱が二十三日午前十一時(日本時間同日午後十一時)ごろ、同地区で演奏する予定。次世代育成に努めたトランビッキさんの功績をテーマにした曲で、宮沢さんも歌詞に登場するという。

 宮沢さんは「トランビッキさんが教えたサンバが日本で生きていることを知って、現地の人たちは喜んでくれている。演奏を通じ、よりどころとなる師を持つことの素晴らしさも伝えていきたい」と話している。

初出場した2年前のカーニバルで演奏するケール・スウィンガール・ヴェン・プラ・カのメンバー=2018年2月、リオデジャネイロで(ケール・スウィンガール提供)

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