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【社会】

晴明直系 陰陽道 途絶の危機 平安から1000年後継なく

天社土御門神道の庁長を務める藤田さん。後継者不在に悩みつつ暦の製作を続けている=福井県おおい町で

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 平安時代の陰陽師(おんみょうじ)・安倍晴明(あべのせいめい)を祖とし、1000年以上の歴史を誇る陰陽道(おんみょうどう)「天社土御門神道(てんしゃつちみかどしんとう)」(本庁・福井県おおい町)が存続の危機にひんしている。安倍氏直系の土御門(つちみかど)家と関係の深い藤田家出身の藤田義仁(よしひと)さん(87)=同町=が受け継いできたが、両家の子孫に継承の意思はなく、星で吉凶を表す暦づくりが途絶える可能性も出てきた。 (藤共生)

天社土御門神道で毎年製作している暦

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 藤田家は代々、土御門家の家政をつかさどってきた。明治維新後、土御門家が天皇家と共に東京に移った際、京都に残って土御門家の神社や屋敷を守った。

 陰陽道は一八七〇(明治三)年に政府から禁止された。一九四二(昭和十七)年、義仁さんの父・義男さんが復興を目指し、京都市で「土御門神道同門会」を結成。義仁さんは十二歳ごろから陰陽道を直伝された。四六年に宗教法人が創設され、その後、安倍家の知行地だった名田庄(なたしょう)(おおい町)に本庁を移転。義仁さんは父らの死後、庁長として一人で支えてきた。

 一方、土御門家当主の娘は継承の意思を示さず、義仁さんの息子も愛知県で生活する。義仁さんは九二年ごろに町の「暦会館」の初代館長に就き、その給料で生活を支えてきた。陰陽道は暦づくりが主な仕事。今も全国各地の神社が買い求める。中国伝来の天文表を読み解きながら運勢を書き記す作業は、「知識や技術を集積した古代の統計学。誰に託したらいいのか」と頭を抱えている。

 フィギュアスケートの羽生結弦選手が今季も晴明をテーマにした曲で演技するなど、脚光を浴びる陰陽道。教えを請う人は何人かいたが辞めてしまった。研究者の京都女子大梅田千尋教授は二〇〇〇年代初頭に安倍晴明ブームが起き「ファンタジー的なイメージが先行し、にせ陰陽師が頻繁に現れるようになった」と指摘。正統性を持つ後継者が途絶えることを危惧する。

 地元住民でつくる土御門史跡保存会理事の岩佐由則さん(68)は「自分たちが簡単に継承できることではない。困った」と戸惑いを語る。義仁さんは「私どもとつながりのある人、土地になじめる人で誰かが担ってくれたら」と話している。

<陰陽道(おんみょうどう)> 古代中国で生まれた陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)を起源として、日本で独自の発展を遂げた天文や占いの技術体系。701年に制定された大宝律令(たいほうりつりょう)では、陰陽寮の下に陰陽博士(おんみょうはかせ)、暦博士(れきはかせ)などの技術者が置かれ、制度として整備された。平安時代中期の賀茂忠行(かものただゆき)・保憲(やすのり)父子、その門人安倍晴明のころに隆盛をきわめた。以後朝廷では賀茂、安倍両家がそれぞれの陰陽道を相伝し、家業とした。

 

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