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【社会】

那須雪崩3年 遺族が追悼式

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 二〇一七年三月、栃木県那須町で登山講習中の県立大田原高山岳部員ら八人が死亡した雪崩事故から三年を前に、遺族が二十六日、現場近くの展望台で追悼式を開いた=写真。

 遺族の一部には、再発防止策を巡って県側と意見の隔たりがあり、昨年に続いて独自に追悼式を開くことになった。県教育委員会などは事故三年の二十七日、同じ場所で合同献花を実施する。

 雪崩は一七年三月二十七日午前八時半すぎに起き、大田原高山岳部の生徒七人と教員一人が急斜面で巻き込まれて死亡した。県警は昨年三月、業務上過失致死傷容疑で、事故当日に訓練内容を決めた男性教諭三人を書類送検した。

◆父、問題提起続ける「息子の命無駄にしない」

栃木県那須町の雪崩事故で犠牲になった毛塚優甫さんの父辰幸さん=23日、栃木県栃木市で

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 雪崩事故で教員で唯一犠牲になった県立大田原高山岳部顧問、毛塚優甫(けつかゆうすけ)さん=当時(29)=の父辰幸さん(67)はこの三年間、事故の真相究明や、教員の負担が大きい登山部の活動への問題提起に取り組んできた。生徒に慕われていた優甫さんへの思いを胸に「息子たちの命を無駄にしてはならない」と力を込める。

 「那須雪崩事故はなぜ防げなかったのか」。辰幸さんが独自に作成した報告書だ。

 事故から間もない一七年五月、講習会の講師を務めた教諭ら十三人に、雪山登山の経験や当日の訓練について問う四十六項目の質問書を配布。集まった回答を約一年かけて分析してまとめた。

 経験豊富な指導者が少ないのに、当日になって雪崩の危険がある斜面に登る計画変更をしており、辰幸さんは「事故は人災」と確信。高校登山部の活動を検証する県などの検討委員会で委員を務め「教員がルートの決定や生徒の安全を一手に担う今のシステムはおかしい」と指摘する。

 優甫さんは一六年に正規採用となり、剣道部と山岳部の顧問を兼務。剣道には小学生の頃から親しんでいたが、登山は初心者で「向いていない」とこぼしていた。山岳部員からの信頼は厚く、事故前夜も生徒のテントに呼ばれ、ゲームの話などで盛り上がった。

 両親は今も優甫さんがいた頃と同じ生活を続けている。

 辰幸さんは「息子の死と向き合うのは、悲しくて苦しい。いつか登山部の現状が変われば、息子に報告したい」と語った。

 

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