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【300文字小説】

私の断捨離 榊原美津子

イラスト・瀬崎修

写真

 古希を迎え、断捨離を始めようと大きな段ボールを用意した。

 これはもう着られない、あれもいらない…で、箱はたちまちいっぱいに。ああ、すっきり!

 一週間ほどたち、あの服まだ着られるかも…十日たち、これもまだ役に立ちそう…この服は息子が高校の入学式で着た服で、当時は高価だった…これは、主人が十年ほど前、「母の日」に買ってくれたのがうれしくて、色が褪(あ)せるほど着たものだ…など。

 懐かしい思い出に浸り、一カ月もすると箱の中身は半分ほどに。

 こんなことを繰り返しながら、いつ終わるかわからないが、楽しみながら私の断捨離は続きます。

 (三重県松阪市・主婦・70歳)

◇ ◇ ◇ ◇

盆栽 松島勝

 祖父が終活を始めて、どうしても処分できないのが盆栽だ。

 「今、盆栽を手放せば余生の生きがいがなくなる。かといって、そのまま置いといても、わしが死ねば枯れてしまう」というのだ。

 祖父は毎日ため息をついていた。

 「僕、盆栽、覚えようかな」

 口は災いの門だ。祖父が聞き逃すはずはない。

 その日から、祖父は盆栽の育て方の一切を僕に教えてくれるようになった。

 「宿題を早く済ませなさい。友だちと遊んでもいいが、早く帰ってきなさい」と言われた。

 祖父がくれた未完成の盆栽を僕流に仕上げたら、コンクールで入賞してしまった。

 祖父と僕は一つになって喜んだ。

 「口は災いの門」と思ったが、「口は福の門」になってくれた。

 (浜松市東区・農業・80歳)

◇ ◇ ◇ ◇

私と金魚 松川勝弘

 一年前、物置を整理していると、古い水槽が見つかった。

 老いの心の癒やしにと、もう一度、金魚を飼うことを決意。

 近くのペットショップに出かけた。

 その時、目に留まったのがメダカより少し大きな金魚。大水槽いっぱいに群れていた。

 まるで夜の打ち上げ花火のごとく美しかった。迷わずに決めた。

 十匹ほど購入し、勇んで家に帰った。それから餌を与えるのが毎朝の日課になった。

 私の姿を見ると、全員が餌場に集まってくる。

 おはようと挨拶をする。

 身体も随分デカくなり、水槽が窮屈そうなので、顔役らしき一匹を呼んで「住み心地はいかが」と尋ねると、もう一部屋欲しいそぶりをした。

 私は今、その申し出を検討中である。

 (愛知県西尾市・無職・76歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 このところ片付け術への関心が高まっていますが、榊原美津子さんの「私の断捨離」。品物自体は不要無用でも、それを手にしてよみがえる思い出は決して手放したくありません。

 これも片付けがらみのエピソード、松島勝さんの「盆栽」。見かねた孫の一言が祖父の悩みを解消し、秘訣(ひけつ)の伝授につながりました。受け継がれた技が見事な枝ぶりを支えます。

 これまた片付け作業がきっかけで生まれた楽しいお付き合い、松川勝弘さんの「私と金魚」。その関係は、いつしか以心伝心の域にまで深まって、まだまだ広がりそう。

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