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【300文字小説】

初心者 山田由美子

イラスト・瀬崎修

写真

 俳句を始めた。とはいっても、誰かに教えてもらうわけでもなく、気儘(きまま)に詠んでいるだけなので、気楽なものだ。

 五・七・五の十七音の中に季語を入れて詠むのだが、これがなかなか頭を使う。意外と自分の周りが季語だらけなのに気づいたりする。毎日の生活の中で五音の言葉、七音の言葉を探すのは結構楽しい。見つけた言葉をせっせとメモしたりする。

 夢の中でいい句ができるのだが、目が覚めた時には忘れている。お風呂の中でもいい句ができるのだが、メモできないので、お風呂から出た時には忘れている。

「うーん、すごくいい句だった気がする」のだが、思い出せず、

 あーだこーだ悩むのも、また楽しい初心者である。

 (名古屋市北区・主婦・60歳)

◇ ◇ ◇ ◇

きびしいお言葉 白井百合子

 幸子は中学時代からの夢であった保育士になった。途中、介護の仕事にしようかな、と迷ったこともあったが、未来のある子どもたちを相手にする方が夢があって良いなと、保育士を選んだ。

 初めての担任は四歳児だった。

 四歳児とはいえ、しっかりと意思表示のできる子や、何も言ってくれない子など、すでにさまざまな個性を持っていて、悩みは結構多い。

 でも、お遊びの時間は、子どもたちと一生懸命に楽しく遊ぶことにしている。

 ある日、そんな幸子の顔をじっと見つめて、あきら君が言った。

 「先生、先生は大人になりそこなったんでしょ」

 「えっ、どうして?」

 「だって、毎日、子どもたちと遊んでばっかりいるもん」

 ガーン! 当分、立ち直れない。

 (愛知県岡崎市・主婦・73歳)

◇ ◇ ◇ ◇

だいすきの一言で 鈴木茉利子

 四歳の息子は甘えん坊で、寝るのが下手。添い寝で布団に入ってからが長い。

 その日も「ママ」と呼ばれ、つい苛立(いらだ)った声で「なにッ?」と聞いたら、

 「だいすきだよー、おやすみ」

 ハッとした。

 昨夏、二人目が生まれ、授乳オムツオムツ…授乳オムツ…上の子の世話…終わらない家事に疲れ切っていた。やっと座れると思うと、おなかすいたぁ…ママぁママぁ!

 二十四時間不休の部活に入ったようで、私はしじゅうイライラしていた。

 しかし、この一言をきっかけに、家事が疎(おろそ)かでも子どもと笑っていられたらいいと思えた。

 誰も褒めてくれないけど、怒らない日は満点。

 一日だって同じ日はない。きっといつか、かけがえのない思い出になると信じて。

 (横浜市港北区・会社員・33歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 日本語のリズムに乗せて五七五、山田由美子さんの「初心者」。風景も匂いも風の音も、すべてが語りかけてきます。この楽しみに出会うと、歳時記と句帳が手放せなくなりますね。

 背丈が違う大人と子どもは見える世界が違うといわれます、白井百合子さんの「きびしいお言葉」。同じ視線で努力している幸子さんが受け取った一言は、最高の褒め言葉では?

 子育て奮闘中のママが耳にしたのは、鈴木茉利子さんの「だいすきの一言で」。休みなしの忙しさにかまけて、ささくれだってしまいがちな気持ちが、すーっと和らぎました。

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