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【300文字小説】

夢かうつつか 吉田さをり

イラスト・瀬崎修

写真

 夜中に目が覚めた。

 トイレで用をたして部屋にもどろうとしたら、居間の方で何やら気配がする。

 そっとのぞいてみると、そこには、壁に前足をついてスクワットをしている飼い猫がいた。全力で下半身を動かしていて、しばらくすると背後に視線を感じたのか、振り返った。

 「タマ…」

 「ニャア…」

 私たちの間に気まずい空気が流れた。

 猫はすぐに目をそらし、前足を床に下ろして、わざとらしく伸びをした。

 私も黙ってその場を離れ、それからお互い、この夜の出来事は忘れたことにしている。

 (愛知県瀬戸市・主婦・58歳)

◇ ◇ ◇ ◇

ロボット犬にはない魅力 岩見 博子

 蚊は犬を刺す。

 暑くなった。蚊も飛んでいる。

 ふと見ると、わが家の犬は、口を大きく開けて素早く閉じるを繰り返している。

 近づいて屈(かが)んで顔を見る。

 「あっ」

 左目の横に蚊が止まっている。蚊は犬の血を吸う。フィラリアの媒介もするのだ。

 「じっとして」と声をかけ、平手打ち。

 犬はすっ飛んで逃げ、私の手には蚊の跡。

 おびえてうずくまっている犬に、「蚊を叩(たた)いたんだよ。君じゃない」と謝り、撫(な)でてやる。

 こんな時こそ、日頃の愛情表現は役に立つ。

 ほっとしたところで、笑いがこみ上げてくる。

 たった一匹の蚊で、こんな一喜一憂することはめったにない。

 ロボット犬では味わえない、生きている犬の魅力である。 (金沢市・無職・60歳)

◇ ◇ ◇ ◇

XとY 植木 優

 僕は数学の問題の中のX。そして、隣にいるのがYさん。ただいま片思い中。今日こそ、この想(おも)いを伝えるんだ!

 すると、急に眩(まぶ)しい光が僕たちを照らした。

 「なに?」

 「問題集が開かれたんだわ」

 僕らは、しょせん小さな文字だ。でも、僕らのおかげで人間は勉強が進む。それを僕はすごく誇らしいことだと思っている。

 「勉強すっか!」声が聞こえてきた。「Xについて解け、か。よしッ、Yを右辺に移項だ!」

 「…ん?」

 何のことか分からなかった。すると、Yさんが、もっと意味不明なことを言い出した。

 「今まで楽しかった。またね、X君!」

 「待って! まだ僕には言いたいことが…」

 しかし、Xの想いは届かぬまま、問題集は閉じられたのだった。 (茨城県美浦村・中学生・14歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 真夜中に目撃された飼い猫の知られざる生態、吉田さをりさんの「夢かうつつか」。夢なら愉快、うつつなら不気味…いずれにせよ、お互いなかったことにした方がよさそうです。

 これからは人工知能を搭載したペットの時代かもしれませんが、岩見博子さんの「ロボット犬にはない魅力」。血が通った生き物どうし、触れ合いから気持ちも通い合います。

 問題集の片隅に秘められた小さな恋の物語、植木優さんの「XとY」。不意の別れに戸惑うX君。右辺に移項されたYさんの符号が、どのように変化したかが気になります。

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