東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 300文字小説 > サンデー版掲載入選作一覧 > 記事

ここから本文

【300文字小説】

ミミちゃんは走る。 高橋美貴

イラスト・瀬崎修

写真

 ミミちゃんは、幼稚園に通っている年長さん。走る事が大好きで、活発な女の子。

 今日は、年に一度の運動会。ミミちゃんは「かけっこで一位をとるぞ!」と張り切っていた。

 「よーい、ドン!」

 先生の笛と同時にミミちゃんは思いっきり走り出す。次々とみんなを追い抜き、笑顔でフィニッシュ! 嬉(うれ)しさのあまり、ミミちゃんは大好きなパパにギュッと抱きついた。

 「パパ! ミミね、一位とれたよ。ほめて!」

 でも…反応が無い。ミミちゃんが見上げると、そこには見ず知らずの男の人が気まずそうにしていた。

 パパを間違えたミミちゃんは、かけっこよりも速い走りで去っていった。 (名古屋市中川区・専門学校生・21歳)

◇ ◇ ◇ ◇

ツリーハウス 安藤勝志

 ぼくの生家の前庭に椎(しい)の巨木がありました。

 その木に父さんがツリーハウスを作ってくれました。三メートルほどの高さの枝分かれしている部分に板の床を敷いただけでした。

 樹冠を覆う葉が屋根でした。しかし、ぼくにとっては童話の中にあるような家でした。

 ある日、ぼくが木製の梯子(はしご)を登ると、床に枯れ枝と枯れ草が置いてありました。

 不思議に思って母さんに報告すると、「鳥さんが赤ちゃんを産むのよ。お家(うち)を貸してあげてね」と言いました。

 ヤマバトの父さんと母さんは交代で卵を抱いていました。

 二羽の小鳥が巣立ったのはふた月くらいたった朝でした。

 「ホーホーホッホー」

 ぼくが小学校に入学する前の話です。 (静岡市葵区・無職・77歳)

◇ ◇ ◇ ◇

熱帯夜 真田理香

 熱帯夜に、良くない事と思いつつ、エアコンをつけたままにして寝る。

 寝始めは良いのだが、朝、起きると、身体が怠(だる)くて、日中、調子が悪い。この症状は、年々ひどくなっているように思う。

 幼い頃、暑くて眠れない夜は、網戸から入ってくるそよ風と、添い寝してくれる祖母のあおいでくれるうちわの風が心地良く、いつの間にか、眠りについていたものだ。

 もちろん、翌日に身体の調子が悪くなるなんてこともなかった。

 今は防犯上、網戸一枚だけで夜を過ごすことはできない。

 そして、大好きな祖母も、もういない。

 今ではもう、求めても手に入らないものを思い出しては、懐かしく、そして、淋(さび)しい気持ちになる。

 あの頃の眠りが、私にとっての一番の安眠だった。

 (富山市・会社員・43歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 元気いっぱい登場した年長組、高橋美貴さんの「ミミちゃんは走る。」。この勢いのまま、年中組、年少組も巻き込んで、園内を楽しく駆け回ってくれそうなキャラクターです。

 枝から枝に張り渡された一枚の板が大きな夢を育ててくれた、安藤勝志さんの「ツリーハウス」。作者自身も、ここから巣立った仲間といえるのではないでしょうか。

 寝苦しい日が続くと思い出される、真田理香さんの「熱帯夜」。製造された冷気では再現できない“あの頃”の安らかな心地よさが、行間から、そよそよと吹き渡ります。

投稿はこちらから
 

この記事を印刷する