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【300文字小説】

吸血鬼 松本愛子

イラスト・瀬崎修

写真

 ビィ〜ン…嫌な羽音で目がさめた。蚊だ。

 刺されてなるものかと、布団をスッポリかぶって寝る事にした。ところが、暑い!

 いったい何時? 午前三時半。

 「よお〜し、やっつけてから休もう」

 明かりをつけて、ジーッと我慢。ビィ〜ンとやって来た。今だ! ピシャリと叩(たた)いたが、なんとすばしっこい。

 格闘一時間。いつの間にか、足首が刺されてる。かゆい! もう白々と夜が明けてきた。眠れない。どうしても吸血鬼をやっつけたい。

 結局、蚊取り線香のお世話になった。今日は一日、寝不足だ。

 (愛知県新城市・無職・72歳)

◇ ◇ ◇ ◇

ココロ 森田修弥

 「ココロを、ください…」

 その男は機械仕掛けだった。

 姿形は人間にそっくりだが、ただ一点、胸のところに小さな扉が付いていた。

 男がその扉を開くと、中は空洞だった。男は虚(うつ)ろな目で俺を見る。それは助けを求めるようで、とても悲しそうで。

 俺はあることを思いついた。鞄(かばん)からある物を出して、そこに一工夫加える。キュッキュッ、キュッのキュッ。それを男に手渡す。

 「これで良ければ…どうぞ」

 俺が手渡したのは、百均で売っていたゴムボールだった。そこに黒マジックで「ココロ」と書いた。

 それを受け取った男は不思議そうにボールを眺める。

 それから、「ありがとう」と言って、空っぽだった胸の奥へ大事そうに仕舞う。

 (滋賀県竜王町・大学生・21歳)

◇ ◇ ◇ ◇

カランコロン散歩 田口正男

 好天に誘われ、軽装の下駄(げた)ばきで散歩に出た。

 気の向くままに下駄を響かせてバス通りの停留所まで来る。

 そこで、見知らぬ若者に声をかけられた。

 「あのー、ガーデンプレイスは何処(どこ)ですか?」

 振り向いて目にした彼の姿に、思わずドキリ。

 新調のスーツに、童顔。

 不器用な新入社員時代を思い出し、懐かしさがこみ上げてきた。

 「初めての東京は、方向音痴で」

 明るく答えて、彼は空を仰いだ。

 好意を持った彼との会話を楽しみながら歩くうちに、前方の視界が開けた。目の前に目指すタワービルが聳(そび)えている。

 「あれだよ」と指さすと、彼は礼を言って、一目散に急坂を駆け上がっていく。

 私は遠退(とおの)く彼の背に小手を振り、「ガンバレ!」と声援を送った。   (東京都渋谷区・無職・92歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 読んでいるだけでかゆみ止めに手が伸びそうな、松本愛子さんの「吸血鬼」。まだまだ続く蒸し暑い夜。枕元にしつこく忍び寄る羽音の主との戦いは、これからが本番です。

 読み終えて…もう一行追加したくなる、森田修弥さんの「ココロ」。機械人間の心だけでなく、この作品の空虚を埋めるため、読者の皆さん、ぜひ、結びの一文を工夫してみてください。

 東京山の手、恵比寿のランドマークを舞台に世代を超えて心が通う、田口正男さんの「カランコロン散歩」。このフレッシュマンが駆け上る先には、どんな未来が待っているでしょう。

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