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【300文字小説】

ぐるぐる 須藤駿

イラスト・瀬崎修

写真

 駅前で、スーツを着たおじさんや、制服姿のお姉さんたちが、ぐるぐる回っているのを見た。

 遊んでいるのかと思ったけど、みんな楽しそうではなかったから違うのだろう。

 家に帰って、お父さんに聞いた。

 「なんで回っていたのかな?」

 「それは急いでいるからさ」とお父さんが答えた。「学校で習わなかったかい? 急がば回れ、だよ」

 そう言って、お父さんは時計をチラリと見た。どうやら、この後、約束があるらしい。

 急いで準備を始めようとして、その場で、ぐるぐる回り出した。

 「お父さん、急がば回れ、だね」

 お父さんは苦笑いしながら回っていた。

 (兵庫県西宮市・大学生・19歳)

◇ ◇ ◇ ◇

蟻(あり)と私 後藤敬久

 縁側で爪を切っていた。

 地面に目をやると、一匹の蟻が三日月形の爪をくわえて押したり引いたり。すぐに二匹、三匹と集まり、押したり引いたり。運び始めた。

 爪を切るのを止めた。

 蟻は枯れ枝を踏み、砂の上を滑らせて押したり引いたり。

 オオバコの葉陰を通り、ハハコグサの根方を巡り、スベリヒユのジャングルを越えて行く。

 かれこれ五、六メートル進んだ。今度は野球のグラブほどの石の下に引き入れようと、押したり引いたり。爪は石の下に消えていった。

 石をどけた。蟻たちは上を下への大騒ぎ。そこに、親指、人さし指、中指の爪が揃(そろ)っている。

 「ほほお、ほおほお」

 蟻と私を乗せた地球は、自転しながら太陽の周りを廻(まわ)っている。

(茨城県ひたちなか市・運送業パートタイマー・64歳)

◇ ◇ ◇ ◇

バランス重視 浅野亜諭峰

 さて、今日のお昼は何を食べよう?

 せっかく食べるんだから好きな物を作ろう。昨日とはかぶらないように。

 夕飯まで間食をしたくないから腹持ちの良いご飯にしよう。

 一品だと炭水化物に片寄るから野菜をプラスしないと。それに、バランスを考えてタンパク質のお肉かお魚も足そうかな。

 食べ順ダイエットが流行(はや)っているから、最初にスープを飲まないと。塩分が多くなると血圧に悪いけど、野菜からカリウムを摂(と)るからプラマイゼロだ。

 スープにサラダ、メインにご飯。一人の昼食でこんなに作るの面倒だなあ。

 よし、手っ取り早く鮭炒飯(さけチャーハン)のスープあんかけにしよっと。

 あれ? 昨日はタラコスープパスタだったなぁ。雰囲気違えど、似たような感じ。

 (岐阜県羽島市・パート・43歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 誰もが知っていることわざを持ち出して、須藤駿さんの「ぐるぐる」。これは一種の言葉の騙(だま)し絵でしょうか。不可思議な光景を想像していると、なんだか目が回りそうです。

 縁側から足元の小さな世界を観察して、後藤敬久さんの「蟻と私」。のどかな身辺雑記と思いきや、いきなり視座がコペルニクス的に転換。観念的なめまいを伴う壮大な宇宙叙事詩。

 好きな物を好きなように調理する時も忘れてならないのが、浅野亜諭峰さんの「バランス重視」。味と健康を足し算して手間で割り算したら、あらら? 見覚えのある解答が…。

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