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【政治】

観梅の宴題材 平和な文化象徴 初の国書、万葉集出典

 万葉集の第五巻は観梅の宴で詠まれた三十二首の和歌が収められている。「令」と「和」は、その序文から抜き出された。政府によると、この序文は宴を催した、九州・太宰府(だざいふ)の長官で万葉歌人の大伴旅人(おおとものたびと)が書いた。

 万葉集に詳しい歌人の佐佐木幸綱さんは「離島の壱岐(いき)や対馬も含めて九州全域から国司が参集し、梅花を題材に歌を詠んだ。新年に梅を観賞するためだけに遠隔地から大勢集まるのは、万葉集に登場する宴の中でも珍しい。言葉や自然を重んじる平和な文化があった証し」と語る。

 「令」の字の由来は、神官などがひざまずいて王や神の意思を聞く様子の象形文字とされるが、笹原宏之・早稲田大教授(漢字学)は「確実な字源は分かっていない。ただ『命令』『法令』などの意味で使うことが多いので、そんなイメージをしばらく持つ人もいるかもしれない」と話した。

 安倍晋三首相は一日の会見で、新元号の由来が日本の古典(国書)だと強調。首相を支持する保守層の期待に応えた形だ。

 しかし二世紀の後漢の時代に活躍した文学者で科学者の張衡(ちょうこう)の詩文「帰田賦(きでんのふ)」には「仲春令月、時和気清(春二月、季節は穏やかで空気は澄んでいる)」という一節がある。笹原氏は「万葉集の序文は張衡の帰田賦や、(中国の書聖)王羲之(おうぎし)の『蘭亭序(らんていじょ)』など、万葉集以前の中国古典を踏まえているようだ」と指摘。国文学研究資料館長のロバート・キャンベルさんは「北東アジアは同じ漢字文化圏なので、国書か中国の古典(漢籍)かという排他的な選別があってはならないと思っていた。今回は帰田賦へのオマージュ(敬意)があり、漢籍を包摂したといえる」と評価した。

 歌人の岡野弘彦さんは「当時は漢文学の影響がとても強い。日本人は大陸の伝統を取り入れつつ、工夫して柔らかな叙情を表現してきた。だから出典が中国の古典でも日本の古典でも、差異にこだわる必要はないのでは」と述べた。 (出田阿生、谷岡聖史、神野光伸)

   ◇

【出典】

 「万葉集」巻五、梅花(うめのはな)の歌三十二首并(うたさんじゅうにしゅあわ)せて序(じょ)

【引用文】

 初春令月、気淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香

【書き下し文】

 初春(しょしゅん)の令月(れいげつ)にして、気淑(きよ)く風和(かぜやわら)ぎ、梅(うめ)は鏡前(きょうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き、蘭(らん)は珮後(はいご)の香(こう)を薫(かお)らす

【現代語訳】(中西進氏著「万葉集」から)

 新春の好(よ)き月、空気は美しく風はやわらかに、梅は美女の鏡の前に装う白粉(おしろい)のごとく白く咲き、蘭は身を飾った香の如(ごと)きかおりをただよわせている

   ◇

 <万葉集>7、8世紀に詠まれた歌を収めた、現存する日本最古の歌集。皇族、貴族、農民、防人(さきもり)ら全国各地の幅広い階層の歌約4500首を収める。漢字の音訓を使って日本語を記した「万葉仮名」による表記など、国語学の上でも第一級の資料と位置付けられる。代表的歌人は額田王(ぬかたのおおきみ)や柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)、大伴旅人(おおとものたびと)ら。

 

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