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【政治】

<平成という時代>米中枢同時テロ 「法の支配」崩壊世界に拡散

2001年9月13日、テロ現場近くで、行方不明の家族や親友の写真が入ったチラシを見せ、道行く人に情報提供を求める人々=ニューヨークで、嶋田昭浩撮影

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 あの日を境に、米国はじめ世界各地で「法の支配」が崩れたと思う。捜査機関が裁判所の令状なしで行う盗聴や個人通話記録収集、犯罪立証のないまま十数年も続く身柄の拘束…。全ては「テロ対策」の名の下に推し進められてきた。

 二〇〇一(平成十三)年九月十一日。ニューヨークの世界貿易センタービルにハイジャック機が激突した時、たまたま東京からワシントンへ出張中だった私は、車を飛ばして三百数十キロ離れたニューヨークに向かった。

 夕刻、不気味な黒煙が立ち上る現場を目の前にしてハドソン川に行く手を阻まれた。「ニューヨークへ通じる橋とトンネルは全て閉鎖された」とラジオが伝えている。わずかな可能性にかけて、川沿いに約五十キロ北上。一カ所だけ通行可能だったタッパン・ジー橋を渡ってニューヨークに入った。終夜運転中だった地下鉄に乗り換え、最後は五キロ歩いて明け方、現場の「グラウンド・ゼロ」にたどり着いた。

 百十階建てだったビルはわずかに約四階分の骨組みを残すだけ。辺りは膨大な量の紙片が風に舞い、米兵らが路上に積もった灰を巻き上げて行き来する。「世界経済の心臓部」の変わり果てた姿だった。

 最初の三日間は、一度も横にならずに現場を回り続けた。家族や友人の行方がつかめぬ不安の中、人々は努めて冷静に思いを語ってくれる。「復讐(ふくしゅう)より法的裁きを」「(報復)戦争は解決にならない」と口にする人もいた。ところが、米テレビは「戦争」をあおり、当時のブッシュ米大統領は「対テロ戦」を「十字軍」と呼ぶなどイスラム教を敵視。現場の空気が正確に伝わっていないと感じた。

 翌月、米英軍のアフガニスタン攻撃が始まり、空爆で負傷した住民らを隣国パキスタンの病院で取材。さらに〇三年にはイラク戦争の最中、中東カタールの米中央軍司令部に詰め、バグダッド陥落後はイラク全土をルポした。結局、米英は旧フセイン政権と国際テロ組織アルカイダとの直接の結び付きや大量破壊兵器開発の証拠をつかめず、攻撃の大義名分は崩壊した。

 同じ頃、米中央情報局(CIA)は、テロ関与の確証もなしに「敵戦闘員」を世界各地の秘密収容所に拘束。水責めなど「拷問」を繰り返した後、キューバ東部グアンタナモの米海軍基地に移送していた。

 私は一〇年に、同基地内を取材。収容者の弁護人らにも次々と接触した。秘密収容所の所在地だったポーランドの検察当局の捜査関係資料を入手し、移送に使われたCIA工作機の飛行ルートを調べた結果、関西空港が中継地に使われた事実を突き止めた。なりふり構わぬテロ対策に日本も巻き込まれていたわけだ。

 国際人権団体リプリーブによると、オバマ前政権下で同基地の収容者は減ったものの、今も四十人が拘束中。多くは訴追すらされていない。「トランプ米大統領は収容者が死ぬまで拘束を続けるつもりのようだ。民主的社会で無期限の拘束など許されない」とリプリーブのマヤ・フォア代表。一日も早く法の支配を取り戻したい。 (嶋田昭浩)

  ◇ 

 平成とはどんな時代だったのか。この三十年間に国の内外で起きた出来事を取材した記者が、ニュースと時代とのかかわり、そして社会の「今」を見つめる。随時掲載。

<米中枢同時テロ> 2001年9月11日、ハイジャックされた旅客機2機がニューヨークの世界貿易センタービルに激突するなどして、日本人24人を含む約3000人が死亡した。米国はテロ組織アルカイダを率いるビンラディン容疑者が主導したと断定。容疑者をかくまっているとしてアフガニスタンのタリバン政権を空爆、12月に崩壊させた。11年には米特殊部隊がパキスタンに潜伏中の同容疑者を殺害した。

 

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